幼馴染は、政略妻を愛したくてしょうがない


…俺は焦っている。
先週からずっとだ。クールな男で通っているのに、今朝は仕事で凡ミスをして佐原に驚かれた。

『社長も人間なんですね』なんて失礼なやつだ。

それも、一椛が俺を避けている。
仕事中は微塵もその雰囲気を出さないものの、帰宅時間が遅い。残業をしているのだ。今は繁忙期ではない。ましてや急ぎの案件なんてないのに。

俺は毎夜、一椛が朝作り置きしてくれている夕食を一人で食べながら、パートナーの浮気を疑う夫、みたいな構図で彼女の帰りを待った。

実際は、一椛は仕事をしているだけなのだが。

家に帰ってからも、一椛はか細い声で『ただいま』と言ったきり、早々に風呂とご飯を済ませ、自室にこもってしまう。

こんな時、寝室を一緒にしておけば良かったと思う。
結婚しているとはいえ、相手のプライバシーの尊重の観点から部屋にまで押しかけることはできそうにない。

原因はわかっている。
一椛が酔って帰ってきた夜、アンとの飯で余計な吹聴でもされたのだろう。
本当に厄介なことをしてくれた。
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