幼馴染は、政略妻を愛したくてしょうがない
「抵抗しないでくださいよ。手荒な真似はしたくないんで」

もう十分手荒だ。
くるりと身体を反転させられ、三郷くんの顔が間近にくる。

「やめて」

自分でもびっくりするくらい声は細かった。
腕を精一杯彼に押し付けて距離をとろうとするけれど、小刻みに震えた頼りない手が、一回り体の大きい男性に敵うわけなかった。

きゅっと目を瞑り、ばくんばくんとうるさく鼓動する心臓の音が耳について痛い。

どうしよう。貴晴さん…――

ドスドスと、大きな足音が聞こえた。

やがてドアの鍵が、聞いてはいけない音を奏でて開く。
三郷くんの腕の力が一瞬緩んだ時、私は思い切り力を込めて彼を突き飛ばす。
大した攻撃にはならなかったけど、離れることはできた。

「一椛!」

今度は、優しい優しい抱擁だ。
後ろから回されたいちばん安心する、大きな手にすがりつく。

「大丈夫だ。 もう大丈夫。 遅くなってごめん」

私は必死に首を横に振る。
来てくれたから、それだけで。
謝るのは私のほうだ。貴晴さんの忠告を無視したのだから。
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