すずらんに幸あれ!
「はい、綺麗にとれたよ」
ローファーについている水を切って、長い足を組んで座っている彼に返却する。
「『ありがとうございました』は?」
「……アリガトウゴザイマシタ」
文句を言いたげな表情を浮かべ、棒読みで感謝の言葉を復唱した。
すずくんは片方のローファーを履き、ベンチから立ち上がる。
「…帰る。もう俺に話しかけてくんなよ」
「はいはい。これから先会うことはないので大丈夫ですよっ」
「…ふんっ」
生意気な口ぶりに大人の余裕を見せると、すずくんはそっぽを向いて歩き出す。
これでもう、無愛想セクハラノンデリ男とはさよならだ───…と思ったのも束の間。
彼が向かおうとしている方角に、私は慌てて呼び止めた。
「すずくん、ちょっと待って!きみ、今から駅に行こうとしてるんだよね!?」
「……今度は何だよ」
心底うざったそうな顔をされた。
すずくんの心配をしてあげているというのに、何だその態度は…。
「すずくんが今向かおうとしてるのは学校方面!駅はその真逆!!」
「……」
指を指して駅の方向を教えると、すずくんは黙り込んでしまった。
「……だろ」
「へっ??」
「わざとに決まってんだろ」
「……えっ??」
この男は一体何を言っているんだ、と眉を顰める。
「勘違いすんなよ。俺はあえて遠回りして駅に向かおうとしてただけだ」
「えっ、あっ…そう、なんだ…?」
すずくんはくるっと振り返り、再び歩き出す。
「駅まで1人で行ける?大丈夫?」と聞くと、「バカにすんなよ」と吐き捨てられ、今度こそすずくんとはおさらばした。