すずらんに幸あれ!
「あっ…す、すずくんっ!」
咄嗟にすずくんを呼び止める。
「さっき、キスしなかった、よね…?」
親指の腹で唇を押しつぶされている感覚しかなかった。
「……本当にすると思ってたのかよ」
「えぁっ、いや、だって…」
「するわけねえだろ。俺だってしたことねえんだよ」
「……えっ!?し、したことないの!?」
衝撃的発言に大きく目を見開いた。
そんな私とは反対に、すずくんは淡々とした態度で話す。
「付き合ってもいない女子とキスなんかしたくねえからな。角度を変えてキスしている風に見せたら、さっきのストーカー野郎には通じたってだけだ」
「……っ」
あんぐりと口を開けて話を聞いていると、すずくんはふんっと鼻で遇らい、「アホ面」と余計な一言をこぼした。
「『はじめて』なんだろ」
つり目がちな彼の瞳に、私の姿が映し出される。
「『はじめて』なやつに無理やりキスなんてしねえよ」
それだけ言って、すずくんは再び歩き出した。
彼の意外な気遣い(?)と驚きの連続で何も言い返すことができず、さっさと歩いていくすずくんの後ろ姿を見送る。
確かに、『いやだ』とは言った。
それに、さっきまで私はすずくんをいつか地獄に落としてやろうなんて考えていた。
無愛想だし、年下なのに敬語使わないし、生意気な男だと思っていたが、もしや彼は案外良い人なのかもしれない。
しばらく彼のことを見ていると、すずくんは、近くにあった電柱にゴチンッと顔面をぶつけたのだった。