垢玉

 何も考えること無く、頭を空にしてひらすら歩く。人々の声も、鳥の声も、街の雑音も、僕は全く聞こえませんよ、という雰囲気を醸し出しながら、ただ無心に歩く。それが溜まらなく心地よいものだったので、昔からの日課である。



 適当なコンビニに入って、お菓子を買って、食べながら歩く。次は自動販売機で缶コーヒーを買って飲みながら歩く。これが僕のオリジナルのストレス解消法だったので、一週間に一度は、必ず都会の街を歩く。



 けれども今日は、いつもとは違ったイベントが起きた。藍ちゃんから電話があったのだ。





 本当に何の前触れもなく、事前のアポもなく、直接掛かってきたので、僕は少しばかり緊張した。すぐに取る。



 もしもし、と明るい声で答える。僕はいつでも君からの電話を取れる準備が万端ですよ、といった声色をしながら、僕は内心、ドキドキしながら彼女の声を待つ。



「…………瀬戸くん、昨日はありがとうね」



「…………こちらこそ」



「…………いま時間大丈夫?」



「もちろん。今日は予定が無いから、五時間でも六時間でも、僕の時間は大丈夫さ」



 ちょっと気取った言い方だったかも知れない。僕はできる限り彼女とお喋りをしていたかったので、少し前のめりに答えた。彼女は、良かった。と言った。



「昨日、アナタが帰った後に思い出したの。私の知り合いの知り合いが、垢玉の掘り師さんなんだ。ダメ元で聞いてみたら、ちょうと今日、その人予定が空いているんだって」



 なるほど、じゃあこれから自分には、その垢玉の掘り師さんの元へ向かってほしい。と彼女は言っているのだ。ことによったら今日、垢を掘ってくれるのかも知れない。唐突なサプライズだ。



「行ってもいいの? 僕もその人の所へ」

「うん。来て」



 電話越しからでも分かるが、彼女は緊張していた。理由は分からない。物事があまりにもスピーディーに進んだから、僕は彼女に嵌められているのかも知れない、と思った。



 しかし彼女には僕を嵌める理由がないので、おそらく本当に、いま垢玉の掘り師が彼女の近くにいるのだろう。そうして、僕を待っている。



 言われた場所まで移動するのに、そんなに時間は掛からなかった。指定された建物は、新宿三丁目の白いビルだった。

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