垢玉
駐車場が近くにあり、タバコの煙の臭いがどこからともなくやって来た。着いたら連絡してね、と言われていたので、電話を掛けるとすぐに彼女が出た。藍ちゃんは、今から向かう。と言って切る。まもなく彼女は僕の目の前に現れた。
「ごめんね、あせらせて」と彼女は言う。僕は、全く問題ない。と伝える。
彼女は昨日見せてくれた垢玉を首から下げていた。
恐ろしい程美しく、そして醜悪な垢玉のペンダントは、そこだけ時空が歪んだように異質な雰囲気を持っていた。
突然の出来事だったので、これからどのようなことが起きるのか全く想像が付かない。
その僕の表情を読み取ったのか、エレベーターの中で彼女は説明してくれた。
「リサさんっていう女の人なんだけど、私が垢玉の掘り師をやってみたいって言ったら、じゃあ教えてあげるって言ってくれてさ、モニターになってくれそうな人は、アナタしかいないから、ちょっと急だけど呼んじゃった」
「ちょっとまって、じゃあ、僕の垢を掘ってくれるのは、そのリサさんって人じゃなくて、もしかして」
「そうそう。リサさんの指導で、私がアナタの垢玉を掘ってあげるの。もしかして嫌だった?」
彼女は少し心配そうな表情を浮かべていた。僕は、そんなこと無いよ。と否定する。君が垢を掘ってくれるのなら本望だよ。とも言った。
エレベーターが七階に到着して僕たちが下りると、すぐに濃いお香の匂いがした。独特な匂いだった。
「この匂い、多分リサさん」と彼女は言った。かなり強い、けれどもあまり気にならない香りだった。部屋の中に入ったら、より濃く香るんだろうなぁ、と僕は思う。
静かなマンションの廊下を二人で歩いて、彼女は奥の部屋で立ち止まる。
「さっきまでは、ここで話を聞いていたの。垢玉を掘り出す手順とか、いろいろ教わった。私はまだ素人だから、垢玉の掘り師になれるレベルじゃないけど。それでも大丈夫?」
「お金は、掛からない?」
確認のために一応は聞いてみたが、僕はもう施術を受けるつもりでいた。僕にとって一番の心配は、垢玉の大きさである。万が一、巨大なやつが取れてしまったら、まずいことになる。そういう事態は避けたいものだったが、掘り師が彼女で、僕はモニターで、金銭的な心配が必要ないというのは好都合であった。
「もちろん、お金なんか取らないよ。むしろ、素人の私が勝手に施術をして、申し訳なく思うくらいよ」
そう言いながらも、彼女はやはり、興奮ぎみだった。
垢玉は神秘の結晶である。