垢玉

 そうして、あまり世間からポジティブなイメージが持たれていない。垢玉は、入れ墨のようなものである。一度、垢玉を抽出してしまったら、もう身体からは二度と垢玉を取り出すことはできない。そうした、ある種のタブーのような行為に、一歩踏み出す期待と不安の象徴として、目の前の、扉があった。



「鳴らすね」と言い、彼女はチャイムを押す、中からは、非常に綺麗な女の人が出てきた。たぶん歳は僕たちと近い。左耳に木製の比較的大きなイヤリングをしている。おそらくこの人がリサさんである。



「おつかれー」リサさんは藍ちゃんを見ると、すぐ気さくに挨拶をした。顔の輪郭がとてもシャープで、目つきは優しかったが、その瞳の奥にはどことなく猛禽類を思い起こさせる力強さもあった。



「よく来てくれたね」



 リサさんは、僕の目を見てそう言った。すぐに気が付いたが、彼女は人の目を直視しながら話ができる人のようだった。目を見て話をするのは確かに大切なことではあるが、僕はリサさんほど、それができる人に今までの人生で会ったことがない。



 リサさんの細い首に、垢玉のペンダントが掛けられている。それは比較的長い黄金のチェーンで取り付けられており、白色のノースリーブのちょうど胸元のあたりに垢玉の本体がある。



 色は赤かった。血のように赤く、深い黒で模様がデザインされてある。その垢玉の雰囲気はあまりにも惨たらしく、のぞき穴が表側にあり、セロファンを透かしたような赤色をしていた。日が差し込み、中身の垢玉が一瞬見えてしまった。



 見えてはいけないものを見てしまったと思って、僕は目を逸らした。



 訳もなく心臓の鼓動が速くなって収まらなかった。リサさんが首から下げている垢玉には、危険な魅力があった。



 リサさんの垢は惨たらしく、とぐろを巻くマムシのように禍々しく、そしてどこまでも深い業のような表情をしていた。



 リサさん本人が、非常に綺麗な人だったので、その美しさとのコントラストは異彩を放ち、一瞬自分が何を見ているのか分からなくなるくらい強いオーラを感じる。



 世間が垢玉に対してネガティブなイメージを持つことの理由が分かった気がした。



「上がって」



 軽快な口調だったが、大きく開かれた扉からはより強いお香の匂いが入り込んできて、僕の緊張は限界を迎えた。



 ついに足は震えてしまい、玄関の段差につまずいた。後戻りのできないような感覚は、どこまでも危険な快楽となって僕の胸を刺激した。



 ああ、僕はこれから、垢を掘り出されるんだ。

 とうとう垢玉が出来上がってしまうんだ。



 靴を脱ぎ、僕はリサさんの家に上がる。わりと物で溢れていて散らかっている。雑貨が多く、魔よけの道具のような奇妙な物体も多々あった。



 部屋の奥に、垢玉を掘り出す施術用と思われるソファーがあった。奥の窓のカーテンが閉められていて、部屋の中は薄暗い。わずかに隙間から差し込む太陽の光子が、ソファーにちらついている。



「じゃあ、ここに寝転がってね」

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