垢玉



 自分の垢の禍々しさは、日に日に増しているような気もするし、僕が首から下げていないと、だんだんと醜悪さが失われていくような気がする。またその感覚は実際のものではなくて、あくまでも自分の中の感覚、主観として確かにあった。



 企業との面接のときは、さすがに外した。けれども家に帰ったらすぐ付けた。僕の心の中には、ピアスの穴のように垢玉の穴がぽっかりと開いてしまっていた。



 それは垢玉を付けていないと、すぐに塞がってしまうような儚い穴だった。塞がってしまったらどうしよう。という不安感が僕を襲うたびに、必死で垢玉を握りしめた。心の穴はその都度、大きく巨大なものに変貌していた。



 どちらが先に言い出したかというのは、もう覚えていないが、僕は藍ちゃんと交際を始めていた。彼女は実際、女性としても魅力のある人だった。でも彼女は垢玉を首から下げて生活はしていない。



 藍ちゃんとはよく二人で静かな公園に行った。ベンチに座って、飲み物を飲むというのが、僕にとって至福の時間だった。彼女がどう思っているのか分からないが、安らいでいるような表情をしているので、おそらく嫌ではないはずだ。



 彼女は、自分が掘り師としてどの程度、適性があるかリサさんに見てもらった話しをした。垢玉の掘り師になることを固く決意しているようだった。



 一方の僕はというと、垢玉の掘り師になる気は全く無かった。彼女の垢玉をごくまれに眺めて、そして自分の垢玉を眺めて、街を行きかう人々の首から下を眺めて、垢玉がぶら下がっていないか確認する。垢玉は僕の生活の一部になっていた。



 醜悪さに胸を突かれて、僕は垢玉のとりこになった。垢玉は、悪魔の眼球のようだった。いつでも僕のことを見ているし、僕はヤツを見ている。



「最近、瀬戸くん、素っ気なくなったよね」



 と藍ちゃんに言われた。僕は、そんなことはない。と否定する。しかし、僕には思い当たる節があった。僕は彼女のことよりも、今は垢玉に興味がある。僕の思いを、彼女は見透かしているのだと思った。



 藍ちゃんの家の近くの公園のベンチで、僕らは二人で飲み物を飲みながら話し合っている。夏が近いので、太陽の光は眩しく、やや暑い。



 シャツに汗を感じる。花壇に咲いている花々は、若干萎れている。入道雲と一緒にひんやりと冷たい風が吹いている。砂場から煙が立つ。



 目の前を、ハエが一瞬横切って視界の端に流れる。空が重みのある雲に覆われて行き悲しそうな灰色に変色を始めた。

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