垢玉


「私だって分からないよ! 最初は、アナタの気を引くためだった! 私が垢玉を作っているって知ったら、大抵の男子は、みんな複雑そうな顔をするじゃない! それで、アナタの気を引いて、特別扱いしてもらおうと思ったの!」



 突然、彼女は大きな声を出したので、僕はちょっとびっくりした。僕の首から下げていた垢玉が少し振動しているように感じる。しばらくして、それは僕の手の震えであることに気が付いた。



 外の騒がしさは、もうすっかり止んでいて、明るさが戻る。彼女は立ち上がり、窓を開け放った。風の匂いがした。



「私ね、垢玉と一つになろうと思うの」

「どういうこと」



 藍ちゃんは、引き出しの中から、垢玉を取り出すと、黄金に輝いている空に向かってそれを高く掲げた。



 夕日が反射し、醜悪さが浮き彫りになり、悪の結晶がチラチラと煌めいた。



「私ね、この世界の誰もが知らなかったような……誰もが出来なかったような偉業を、これから成し遂げるんだよ?」



 とても凄いことなんだよ。と、彼女は言っている。僕たちが、たとえどれだけ壮絶な行為を行ったとしても、それは世間一般に知られることはない。どこまでも閉ざされたこの部屋で、彼女は醜悪さと一体化する。



 ガチャン、という音と共に、彼女の掲げていた垢玉のペンダントが弾けた。鎖が床に散らばった。垢玉の命が尽きたのだと思った。



「見ていてね。これから私は、この子と一つになるから」



 鈍い音がした。彼女は自分の垢玉にドライバーを突き立てていた。あまりの唐突な行動に、僕は何も反応することはできなかった。



 ペンダントが開き、中にある垢玉の真っ黒い塊の蠢きが見えた。彼女のドライバーはなお、垢玉の留め金に突き立っている。



 割れたガラスから膿のように垢玉は飛び出し、地面へと流れ出た。黒い塊は、液体のような流動性を見せながら地面へ流れる。



 大量の汚物のような垢は、彼女の手に掬い取られた。



 本当に一瞬の出来事だった。もう二度と元には戻らない、美しくも醜悪な垢を彼女は拾い上げ、それを口に含んだのだ。彼女の唇から、一筋の垢が血のように流れた。



 藍ちゃんは自らの垢玉を口に含み咀嚼している間、ウットリとした表情になっていた。醜悪さを喰らった快感に打ちひしがれているようだった。その恍惚とした表情のまま、彼女の眼球は僕を見た。



 口からダラダラと流れていく垢は、どこまでも流動的だった。真っ黒い垢は、彼女の白い服を汚しながら地面に落ちる。



「綺麗だよ」



 と、僕は言う。かつて世界には、このように美しい表情をした人間など存在しない。

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