垢玉
依然として口から垢を流している藍ちゃんに向かって、僕は再び囁く。
「綺麗だよ」
グチャグチャと生々し音を立てながら垢を咀嚼している。口いっぱいに汚物を頬張りながら彼女は僕に向かって、意見する。
「ねえ、アナタもやるのよ? アナタも綺麗になるの。ねぇ、ここにあるドライバー使ってよ。アナタの胸に掛けてある垢玉を、これで壊して、アナタも食べるの。アナタも自分自身の内側と一体になるのよ」
藍ちゃんの部屋の天井に、たくさんの内臓が張り付いている幻覚が見える。人間の内側の汚らしさが具現化している。心臓や腎臓や、胃や小腸の塊が、とぐろを巻いて空中を浮遊している。
僕はドライバーを手でつかむ。首から下げられた垢玉を取り外し、窓に掲げる。
これはアナタの身体の内側に存在する大切な器官の一部なのです!
幻聴が聞こえる。たくさんのグロテスクな臓器から、声が聞こえた気がした。女神の囁きのような、美しい音色で僕に忠告してくれている。しかし、それが例え女神の囁きだとしても、僕は僕自身の垢を喰らわずにはいられない。
藍ちゃんと約束したのだから、僕は垢を食べなくてはいけない。醜悪さと一体化してこそ、本当に綺麗になれる。内臓が浄化され、罪が滅ぼされ、天上界にいる龍たちは、僕たちの為に祝福の血を流してくれるのだ。
朦朧とする意識の中で、僕は自分自身の垢玉を壊し続けた。
「瀬戸くん……すごく綺麗よ。血みたいに床に広がっているの。とっても綺麗」
藍ちゃんは僕を褒めてくれる。僕の醜悪さを歓迎してくれている。
窓の外には虹か掛かっている。現実の世界でも、僕たちを祝福してくれている。
嵐が過ぎ去った後、外は新鮮な空気で溢れている。一匹のコガネムシが窓から入り込んできて、僕たちの周りを旋回している。
うるさい羽音は独特のリズムを刻みながら僕らを鼓舞してくれているみたいだった。
僕の垢が、彼女の部屋の床を汚らしく染めている。悲しい程、醜い真っ黒な塊は、彼女の垢と同様に、恐ろしい程、流動性を帯びていた。
僕の垢と彼女の垢は、地面で混ざってマムシのとぐろを巻いたような黒は、さらに巨大になる。僕は自分自身の垢を喰らい続ける。恐ろしくまずい味が口全体に広がったが、構わず咀嚼し嚥下する。
「ねぇ、素敵よ」