垢玉



 そのうち景色の中に畑が現れてきた。東京の真ん中にも、このように田舎みたいな景色もあるんだなぁと僕は感じる。ここは都会の匂いとは少し違う、土や草木の匂いがしている。僕の呼吸は自然と深くなる。土地の味をかみしめるように、胸の奥に新緑の香りが刻まれる。



 そういえば駅を降りてから一度も彼女とはお話をしていないな、と気づいた。あまりにも暖かな春の景色の真っただ中では、そんな小さな沈黙は、むしろ心地よかった。



「ここだよ」

 という楽しそうな声が聞こえた。どうやら到着らしい。



「めずらしい、緑色のレンガなんだ」

 外見からでも分かるような高価な一軒家だった。屋根は高く、三階建てはある。庭は広く芝生が青く、白い屋根付きの駐車場には、青色のベンツが一台止まっている。家の壁の隣に小屋があり、扉が閉まっていたので中までは確認できないが、おそらくバイクや自転車や、その自転車の空気入れや、バケツやなんやらが入っているのではないかと僕は空想した。



 日の光が、家の外壁の緑色のレンガに反射して淡く輝いている。



「そう。あまり見ないでしょう。緑色って。うちのお父さんオシャレにこだわる人なんだ」



「職業は芸術家なの?」



「いいえ、もともとは芸術家になりたかったみたいなんだけど、あきらめて今はシステムエンジニア」



「優秀なんだね」

「変わり者よ」



 彼女はそれから、今は両親が仕事でいないから、と言った。



 何年ぶりだろうか。女の子の家に行くというのは。思えば小学生の頃以来かも知れない。彼女の両親も、友達も、誰もいない静かな広い家の中に、僕は踏み込む。藍ちゃんの生活圏内に足を踏み入れる感覚は、冒険心をくすぐった。



 まず玄関に入って最初に気が付いたのは、靴箱の上に巨大な絵画が飾られていたことだった。それは植物のアートのようだった。

「それね、アカンサスっていうの」
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