まあ、食ってしまいたいくらいには。


「お前、これ知ってんの」

「え? あ……はい。昔に一度だけ、観たことがあって」

「誰と?」

「ええと……誰とだったかな、忘れちゃいました」


淡々と、それでも会話が成立していることが奇跡だと思った。


愛想こそないけれど、いつものように特別な悪意も飾られていない言葉たち。

だからわたしも受け取ることができるんだ。


まるで奈良町先輩の中身と対話してるみたい。




「……字幕なんですね。ボリュームもそれ、かなり絞ってますよね」


外で鳴いている鈴虫の音色がすっと耳に入ってくる。

それほどまでにテレビの音量は抑えられていた。




「奈良町先輩、気遣いって言葉知ってたんですね」

「殺すぞ」



さすがに怒られた。


というかこのあとの展開、すごく気になる。

観たのは一度きり、それももうずっと前のことだから結末なんて忘れちゃった。


オリバーの行く末を見届けたかった。



「あの、一緒に観てもいいですか……?」


奈良町先輩はなにも言わなかった。


わたしはそれを、自分の都合のいいように解釈することにした。

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