まあ、食ってしまいたいくらいには。


娯楽室の入り口に立ったまま、テレビの画面を見つめていた。


オリバーという孤児の少年が、虐められ、疑われ、ロンドンを放浪していく物語。

何度も打ちのめされる。孤独に涙する。

それでもオリバーは生きることをあきらめない。


この世には陽もあれば陰もある。

そうすると『オリヴァ・ツイスト』は、陰にスポットライトをあてた映画だった。



結局その場に立ち尽くしたまま最後まで鑑賞してしまった。


画面いっぱいに広がるオリバーの幸せそうな笑顔。

老紳士の養子となったオリバーの世界は愛と優しさで満ちあふれていくんだろう。




「鼻の音うるせえ」

「ずびばぜん」



しずかに号泣してたら即バレした。


鼻をすする音はわたし一人分。




「奈良町先輩は泣かないんですね」



ぷつんとテレビがオフになる。


リモコンをソファに放り投げた奈良町先輩は、最後までわたしのほうを見なかった。


その目にはなにが映っているのだろう。

なにが浮かんでいるのだろうか。



奈良町先輩が温度を感じさせない声色でぽつりと呟いた。




「泣けねえよ、これくらいで」



真っ暗になったテレビにはどこまでも闇が続いていた。


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