まあ、食ってしまいたいくらいには。
「桃を食べたいと思ったこと、あるよ。何度も」
思わず顔を見あげる───よりも早く。
すっと暗くなった視界、三栗くんの手で塞がれたのだと気づいた。
「わかる?味覚が失われた世界で、眩暈がするくらい甘い香りがしてさ。ケーキを前にしたフォークは自分の欲望を抑えられないんだよ」
「ぇ、あ、待っ……ひゃっ」
三栗くんが動く気配がしたから、てっきりまた首筋をやられるのかと思い。
とっさに首を手で隠したのだけれど、刺激を与えられたのはもっとずっと下。
ふくらはぎの辺りに、痛みが走った。
じゃれ合うような弱さでも、噛みちぎろうとする強さでもない。
ちょうどその中間くらいの絶妙な力加減。
どれくらいしたら壊れてしまうかをわかっているようだった。
……もしかして、三栗くんが?
思考が坩堝に嵌まっていくみたいに。
最悪の事態を想定しかけた、そのとき。
「クラスメイトのよしみで一つ忠告してあげよう」
視界を覆い隠していた手がすっと退けられる。
いきなり戻ってきた明かりに目が追いつかなくて。
焦点すら合わない世界で、その声だけがいやに耳に残ったんだ。
「……何があってもフォークは信用するな」