まあ、食ってしまいたいくらいには。
いただきます、とフォークを手にしたのはわたしだけ。
一口サイズに切り分けて口に運んでいると正面から視線を感じた。
「共食いだって思ってるでしょ」
「あ、いや、そんなことは」
わかりやすく動揺するその姿に、思わずくすりと笑ってしまう。
フォークといるというのにわたしの心は凪いでいた。
こんな穏やかな気持ちでいられるのは、ここにきて初めてだった。
美味しいケーキに天窓から見える蒸しパンのような月。
世界はこんなにも美味しいもので溢れている。
「よかったら食べてみて」
促して、ようやく芽野くんもフォークを手に取った。
控えめに切り分けたケーキはそれでもわたしより大きな一口で。
ぱくり、それを口に入れた芽野くんは無表情だった。
どう反応したらいいのかわからないといった様子で、ケーキを見つめている。
「……せっかく買ってきてくれたところ悪いが、俺にはもう味覚なんて──」
「ふんわりしたシフォンケーキにはたっぷりバターが使われてるよ」