仮面夫婦とは言わせない――エリート旦那様は契約外の溺愛を注ぐ
「だけど、どうして私が家庭的じゃ駄目なの?」

私はSNSに移動して、画面をスクロールさせる。先日あげた動画紹介のテキストは、やはり普段より拡散されていないし、いいねもついていない。

「ドレス買いにきた人に浴衣を差し出すようなものだからじゃない? 相手の求めるものが違うのよ」
「でも、その浴衣がいい生地を使っていて、いい仕立てだったら興味わかない?」
「ドレスの代わりにはしないでしょ。立派な帯付きの訪問着なら別だけど」

若菜がなかなか的を射たことを言う。私は両手で頭を抱えた。縦巻きの髪はいつもはお団子にして清潔感を出しているけれど、今日は打ち合わせなので垂らしている。もう仕事はないので多少ぐしゃぐしゃでもいい。

「それじゃあ、料亭の懐石を動画にするみたいなものじゃない。結局高級志向、見た目重視の世界になっちゃう」
「夕子が実は家庭料理大好きで日本のおっかさん的な料理研究家になりたいだなんて、視聴者は誰も思っていないのよ」

若菜の言う通りである。
セルフブランディングのためにおしゃれでスタイリッシュな容姿と料理で売ってきたけれど、私は一般家庭で毎日出てくるようなお惣菜が大好きなのだ。好物は筑前煮や肉じゃが、アスパラの豚バラ巻きに、ピーマンの肉詰め……。 
此村先生に師事したのだって、先生が家庭料理研究の第一人者だったからだ。MHKの長寿料理番組『今日のおばんざい』を子どもの頃から見続け、「こんな優しいお母さんみたいな料理人になりたい」と憧れを抱いてきた。

ところが戦略だったとはいえ、なぜか真逆の料理研究家として売れてしまった。
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