仮面夫婦とは言わせない――エリート旦那様は契約外の溺愛を注ぐ
人生の相棒に選んだ彼だけが、私の深いところまで踏み込み、大事にしようとしてくれている。それがものすごく嬉しい。

「史彰、ありがとう。私も史彰を守りたいよ」
「俺は夕子が理解者でいてくれるだけで、心身ともに守られてるって実感があるよ」

私の涙を親指でぬぐい、それから史彰は顔を近づけた。
驚いて抗う暇もない。史彰の唇が私の頬に触れた。
まるで涙の残りを舐めとるような軽いキスだった。

「史彰、もう!」

おそらく真っ赤な顔で私は史彰の肩を押す。
だけど、それが拒絶の力でないことも彼には伝わってしまうだろう。史彰は私の手を柔らかく戒め、それから抱き寄せた。

「ごめん、調子にのりました」

そう言う史彰の顔は見えない。反省より笑いを含んだ声音は、私たちの距離が近づいている証拠。

仮面夫婦はキスをしない。

だけど、仮面が壊れかけている気がする。私は今、史彰とキスをしたいと思っているから。

「そろそろ、行こうか」

温かな瞬間を崩したのは私から。
史彰がぴくりと身体を震わせ、それから抱擁を解く。

「そうだね、お腹も空いてきたし」

私たちは何事もなかったかのように散歩に戻った。
公園のカフェでランチを取り、帰宅する頃には、もういつもの相棒の距離だった。

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