仮面夫婦とは言わせない――エリート旦那様は契約外の溺愛を注ぐ
胸に疼くような感覚がある。
それは甘いような切ないような不思議な感覚で、同時に幸せでむずがゆくなりそうな心地になる。

史彰に対して、こんな気持ちを覚えるなんていけない。
契約で夫婦になったのに、彼に惹かれているとしたら契約違反だ。

日々、史彰と過ごす中で、彼への親愛と信頼は徐々に深まっていった。そんなときに、彼が悪意から私を守ろうとしてくれるから、勘違いしてしまったのだろうか。

私は夕食に動画用に作ったメニューを並べながら唸った。今日は若菜がつわりでお休みだったので、私ひとりであれこれ作業した分、結構遅くなってしまった。さらには若菜が持ち帰らなかった分、かなり余ってしまった。

「史彰も飲み会だって言ってたしなあ」

冷凍できるものは冷凍し、残りをぼそぼそとつまむ。ジンをソーダで割って、ひとり飲みながら夕飯の代わりにしてしまおう。
史彰と結婚する前は、自分の夕飯はこんなものだった。史彰がいるから、動画で使わない料理を作って彼の帰りを待つようになったのだ。

好きで得意な家庭料理を認められて、此村先生みたいな料理研究家になりたい。そう思っていた私は、たったひとりの家族に出す料理を楽しみにしている。
私が求めていたものの本質ってこういうことなのかもしれない。
外向きの発信ではなく、内向きの満足。家族に美味しいものを食べてもらいたいという欲求は、史彰によって満たされた。
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