仮面夫婦とは言わせない――エリート旦那様は契約外の溺愛を注ぐ
「此村先生みたいになりたくて料理研究家を目指したのに、売れるために路線を変えて、先生から遠ざかってしまったとそんな後悔ばかりしていました」
「美味しければジャンルなんてなんでもいいのよ」

此村先生は私が作ってきた道明寺を楊枝で切り、口に運ぶ。

「私も主人と息子が喜ぶ料理を作ってきました。家族がいなくても料理は好きだったでしょうけれど、食べてほしい人が美味しい美味しいと食べてくれたら、幸せなものです。雑誌や動画で桜澤さんを見ますけれど、とても輝いて見えるわ。それはあなたが幸福な料理を作っているからなのね」
「え! 先生、私の動画を見るんですか?」

恩師に見られているとは恥ずかしい。ご年齢もあるので、ネット関係はうといかと思っていたのに。
此村先生はにこっと笑った。

「鈴江さんにつないでもらったの」

鈴江さんは此村先生の一番弟子でお嫁さん……なるほど、そういうことか。私にとっては大先輩でもある人だ。

「鈴江さんも私も、あなたは此村流に染まらないほうがいいと思っていたのよ。だから、独立してこうして成功している姿を見られるのはとても嬉しいの」
「先生……」
「でも、『今日のおばんざい』の私の枠はまだ譲らないわよ」

彼女はほっほっと上品に笑った。

「ところで、あなたの作った道明寺、とても美味しいわ。お持たせだけどあなたも一緒に食べたらいいじゃない」
「家でたくさん味見をしてしまったので」

彼女はははあという顔をして、頷いた。

「まあ、そういうときもあるわね。身体を大事になさってね」

たぶん、勘づかれているなと思いながら私は笑顔で「先生も」と答えた。

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