アメアガリ
雨は嫌いだ。
雨の日の重苦しい空気が嫌いだ。
その日は朝から雨が降っていた。
私の憂鬱な気持ちが表れているようで、嫌な天気だ。
重い気持ちのまま学校に向かう。
進路相談が行われる教室の机はいつもと並び方が違っている。
なじみのあるいつもの教室の風景に母がいるだけでどこか知らない場所みたいだった。
母と担任の先生と私。
重苦しい空気のまま進路相談が始まった。
「大学はどこに行きたいとか、どの学部がいいとかなんとなくでいいから決めてるか?」
「まだ…わかりません…。」
「そうか。じゃあどんな仕事をしたい?」
「それも…まだ…」
先生はわたしを問い詰めるように立て続けに質問をする。
その質問から逃げるように窓の外を見ると雨が強くなっていた。
母はどの質問にも答えられない私に呆れたようにため息を漏らした。
息ができなくなったみたいに苦しかった。
この教室が息苦しく感じるのは雨が降っている重い空気のせいだけではないだろう。
何の進展もない進路相談が終わって教室を出たとき、ようやく息ができたような気がした。
母と二人になっても何を言っていいかわからず、黙ったまま母の少し後ろを歩いた。
沈黙に耐えきれず、私は口を開いた。
「……私…歩いて帰るから先行くね…。」
ぼそぼそといつもの何倍も小さい声で呟いて、そのまま振り返らずに早歩きで立ち去った。
母に聞こえていたかどうかは分からない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
ただその場から逃げ出したかっただけだ。
嫌いなはずの雨の中に飛び出したい衝動に駆られた。
その衝動に身を委ねて傘も持たずに雨の中を走った。
何も考えず、何もかもを雨で流してしまいたかった。
気付けば涙が溢れていた。
今日だけは雨が降っていてよかったと思った。
走り疲れて、泣き疲れた頃、道の真ん中で雨に濡れながら立ち尽くしていると、見慣れた青い小さな車が私の少し前に止まった。
車が止まってしばらくして、母が傘をさして私に駆け寄った。
怒っているわけでも、呆れているわけでもなさそうだった。
「お母さん、知ってるのよ。」
「……えっ…?」
何を言われているのか見当がつかなかった。
「本当はやりたいこと、あるんでしょう?」
「……」
「自分の娘のことだからわかるんだよ。でも、あなたが 何も言わなければ私は何もできないよ。」
私に傘を傾けているせいで母の左肩はびっしょり濡れている。
「…私は……!」
大きく深呼吸をした。
「私は!絵を描きたいっ!」
ただ口に出すのが怖かっただけかもしれない。
ずっと母に言いたかった。
わかってほしかったし、応援してほしかったんだと思った。
「やっぱり…」
母は呆れたような、嬉しそうな、よく分からない表情をしている。
進路相談の途中、母がため息をついたように聞こえたのはそうではなかった。
ため息などではなく、何かを言いかけて言葉を飲み込んだだけだった。
さっきまで傘をたたきつけていた雨がいつの間にか止んでいた。
少しだけ空が明るくなった気がする。
思えば、高校三年生になってから私はずっと焦っていた。
焦って、焦って、目標も目的もなくただひたすら勉強をした。
ただそれだけの毎日に疲れていたのかもしれない。
今日からようやく、私にとっての高校三年生がはじまる。
やっぱり雨は嫌いだ。
ただひとつ、変わったことがあるとするならば、雨上がりの空は少しだけ好きになれた。
雨の日の重苦しい空気が嫌いだ。
その日は朝から雨が降っていた。
私の憂鬱な気持ちが表れているようで、嫌な天気だ。
重い気持ちのまま学校に向かう。
進路相談が行われる教室の机はいつもと並び方が違っている。
なじみのあるいつもの教室の風景に母がいるだけでどこか知らない場所みたいだった。
母と担任の先生と私。
重苦しい空気のまま進路相談が始まった。
「大学はどこに行きたいとか、どの学部がいいとかなんとなくでいいから決めてるか?」
「まだ…わかりません…。」
「そうか。じゃあどんな仕事をしたい?」
「それも…まだ…」
先生はわたしを問い詰めるように立て続けに質問をする。
その質問から逃げるように窓の外を見ると雨が強くなっていた。
母はどの質問にも答えられない私に呆れたようにため息を漏らした。
息ができなくなったみたいに苦しかった。
この教室が息苦しく感じるのは雨が降っている重い空気のせいだけではないだろう。
何の進展もない進路相談が終わって教室を出たとき、ようやく息ができたような気がした。
母と二人になっても何を言っていいかわからず、黙ったまま母の少し後ろを歩いた。
沈黙に耐えきれず、私は口を開いた。
「……私…歩いて帰るから先行くね…。」
ぼそぼそといつもの何倍も小さい声で呟いて、そのまま振り返らずに早歩きで立ち去った。
母に聞こえていたかどうかは分からない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
ただその場から逃げ出したかっただけだ。
嫌いなはずの雨の中に飛び出したい衝動に駆られた。
その衝動に身を委ねて傘も持たずに雨の中を走った。
何も考えず、何もかもを雨で流してしまいたかった。
気付けば涙が溢れていた。
今日だけは雨が降っていてよかったと思った。
走り疲れて、泣き疲れた頃、道の真ん中で雨に濡れながら立ち尽くしていると、見慣れた青い小さな車が私の少し前に止まった。
車が止まってしばらくして、母が傘をさして私に駆け寄った。
怒っているわけでも、呆れているわけでもなさそうだった。
「お母さん、知ってるのよ。」
「……えっ…?」
何を言われているのか見当がつかなかった。
「本当はやりたいこと、あるんでしょう?」
「……」
「自分の娘のことだからわかるんだよ。でも、あなたが 何も言わなければ私は何もできないよ。」
私に傘を傾けているせいで母の左肩はびっしょり濡れている。
「…私は……!」
大きく深呼吸をした。
「私は!絵を描きたいっ!」
ただ口に出すのが怖かっただけかもしれない。
ずっと母に言いたかった。
わかってほしかったし、応援してほしかったんだと思った。
「やっぱり…」
母は呆れたような、嬉しそうな、よく分からない表情をしている。
進路相談の途中、母がため息をついたように聞こえたのはそうではなかった。
ため息などではなく、何かを言いかけて言葉を飲み込んだだけだった。
さっきまで傘をたたきつけていた雨がいつの間にか止んでいた。
少しだけ空が明るくなった気がする。
思えば、高校三年生になってから私はずっと焦っていた。
焦って、焦って、目標も目的もなくただひたすら勉強をした。
ただそれだけの毎日に疲れていたのかもしれない。
今日からようやく、私にとっての高校三年生がはじまる。
やっぱり雨は嫌いだ。
ただひとつ、変わったことがあるとするならば、雨上がりの空は少しだけ好きになれた。