死体写真
裕之の笑顔がどこか悲しげに揺れているようにみえて、心がざわつく。


「なにかあったの?」


質問には答えずに、唇が近づいてくる。


私は自然と目を閉じて、それを受け入れた。


少し湿っている裕之の唇は冷たくて、ここまで必死に走って来てくれたことがわかった。


嬉しさを感じる反面、もうキスもできなくなるのだと思うとやっぱり胸が締め付けられる。


せっかく飛び降りる勇気ができたところなのに、これじゃ台無しだ。


ふっと唇の感触が遠ざかり、胸にポッカリと穴が空いたような感覚がした。


もう少ししていたかったな。


そう思いながら目を開けたその先には……誰もいなかった。


「……え?」


ついさっきまで隣に立っていたはずの裕之の姿がどこにもない。


屋上を見回してみても誰もいない。


もしかして今のは私の心が見せた幻覚だったんだろうか。


死にたくなくて、もう1度裕之と会いたくてあんなものを見たんだ。


そう思うとおかしくて、悲しくて口元が震えた。


その唇にはさっきまでのキスの感触がしっかりと残っていて、唇に触れようとした手にはスマホが握られている。


自殺する前に自分の思い通りの幻覚を見てしまったとしても、スマホがここにあるのはおかしい。
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