虹色のバラが咲く場所は

225話 傷

「ママは舞ちゃんのこと嫌いなんだよ」 
自分の部屋のドアを開けようとした時
聞こえてきたのは隣の舞と母さんの寝室からだった。

その時、舞は5歳、俺は12歳。
共働きの両親、その間に面倒を見てくれたのはあきらさん。
俺が学校から帰る、約1時間
舞はいじめられていた。

その日の夜、いつからと聞くと
最初からと答えた。
最初、母さんがあきらさんに頼んだのは
半年前。ちょうど四月から。

なんで今まで黙ってたのかと聞くと
家族の輪が乱れるから
私が黙ってればいい、と。

子供が1番傷つくやり方でずっと。
半年、浴びせられたナイフは見えない
傷をたくさんつけた。

子供は大人の言うことをなんでも
信じてしまう。特に身内は。
違うと言っても言いくるめられた。

たまに見る正気を失った目、
なにを聞いても簡素な返事、
減ったわがまま、減った笑顔。

「ねぇ、ママ」
「なに?」
「ママって昔、げいのうじん
だったんでしょ?」
「ええ、そうね。どうしたの?急に」
「別に、ただ気になって」
両親も俺もませる年頃なのかと気に
しなかった。それがこんな結果に。

舞は昔から優しい。
でも今思えばあれは怯えだと分かる。
「ほかになんてこと言われたの?」
「ダメ、言ったらあきらちゃんに
怒られちゃう」
「大丈夫、父さんと母さんには
言わないから」 
舞は少し渋ったが話し出した。

母さんが舞のことが憎いこと、
元芸能人だから取り繕うのが上手いこと。舞に向ける笑顔も優しさも張り付けているだけということに
子供ながらに殺意が芽生えた。

「ねぇ、翔。舞、何か言ってた?」
(母さんは何気ない問いかける
なんだろうな)

「なにも。俺にも教えてくれなく
なっちゃった。女の子って難しいね」
(約束だからね。俺が守る)

あの頃からかな。俺が少し、いやかなり
舞に対して過保護になったのは。
帰りのHRが終われば直帰した。
放課後、友達に誘われても断った。

これ以上、舞の心を壊したくなくて
必死だった。だがあきらさんは1ヶ月くらい
経ってから来なくなった。

母さんに聞いても父さんに聞いても
教えてはくれなかった。
なにかあったと直感したが知っても意味はないと思って深追いはしなかった。

舞は母さんが迎えに行くまで幼稚園で
過ごした。一度幼稚園に行ったら
家族でも20歳以上じゃないと
ダメなんだとやんわりと断られた。

「お兄ちゃん」
笑うようになった舞。でも確実にあきら
さんが来る前と違い母さんにはあまり近づかず父さんや俺の後をついて
回るようになった。

川桜学園に舞が入学して数ヶ月後。
学園で捻挫した俺は保健室で湿布を
貼ってもらったが、予備をもらうために
救急箱のある母さんの部屋に入った。

(確か前は机の近くにあったはず)
と探っているとテーブルに足を
引っ掛けた。

「い、」
捻挫している方の足で結構痛かったが
その拍子に引き出しが机の少し
飛び出した。

(これ、なに?)
チラリとみえたノートの背表紙。
すぐに戻せばわからないと思い、
ノートを取る。
ー天宮 美緒ー
(天宮?でも名前は母さんだし。
旧姓ってやつ?)

表紙にはNO.3と書かれていた。
1と2がある?
ノートを開くと、俺が生まれる数ヶ月前から
始まっていた。
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