逆ハーレム戦隊 シャドウファイブ
18 ブラックシャドウの正体
泣き続ける私の前で、ブラックシャドウは分厚い本をパラパラめくり「ここか」と呟き、読み始めた。
「陽気でいることが、肉体と精神の最上の健康法である」
知っている言葉が出てきて、思わず涙が止まる。
「最も尊敬される人間は、最も学問のある人間では決してない。最も聡明で、最も誠実な人間なのだ」
しばらくブラックシャドウの言葉を聞く。
「幸福は、われわれがそれを所有していると意識することのうちに存する」
私が泣き止んだのを見ると、ふうっとため息をつき本を閉じた。確かに彼は自分で言う通りフェミニストなのかもしれない。彼が読んでいたのは、フランスの作家でフェミニストでもあったジョルジュ・サンドの名言だった。
私も一言呟いた。
「愛せよ、人生において良いものはそれのみである」
ハッとブラックシャドウはこちらを凝視する。
「良く知ってるな……」
「子供の頃よく行っていた本屋さんがあって。そこの本屋さんのスタンプカードにその言葉が書かれていたんです」
「本屋……」
「突然、閉店してしまってすごく残念でした。そこのおばさんが私にいつもいい本を勧めてくれて。そこで買ったサンドの『愛の妖精』はいまでも大事に持っています」
なぜかブラックシャドウは押し黙り、私の話に耳を傾けているようだ。しんとした沈黙を破る様にジャリっと音がする。メンバーが起き始めたのだ。
「あっ、レッド! グリーン! ああ、みんな!」
私は、ふらふらしながらもメンバーに駆け寄った。
「ピ、ンク。大丈夫なのか」
「随分眠ってしまった」
「どんだけ経ったんだ?」
彼らは私を取り囲み身体を心配したあと、ブラックシャドウの存在に気づく。帽子を深くかぶり、顔を見せない彼にレッドシャドウが言葉を発する。
「ブラックシャドウ。いや、黒彦。生きていたんだな」
「……」
「え? 黒彦? ブラックシャドウが?」
ホワイトとイエローが顔を見合わせている。
「え? 黒彦さんって確か……」
黒彦さんはシャドウファイブのメンバーの幼馴染で、一緒に外国で研究所で働いていたが、そこの事故により亡くなったはずの人だ。
「そうではないかと薄々感じていたんだが、さっきのタイルで確信を持った。これは昔、俺がお前にやったものだ」
ブルーは手のひらの中の星型のタイルを見せる。
「どうして、生きてたなら知らせてくれなかったんだ」
イエローの言葉に、ブラックシャドウが渇いた笑い声を発する。
「黒彦か……。その名は捨てた。お前らに裏切られてな」
「え? どういうことだ!」
レッドがブラックシャドウに詰め寄る。
「ふんっ。俺が生きているのを知っていながら、白々しいことを言うな」
「本当に生きてたなんて知らなかったんだ!」
「ああ、本当だ。誰一人……」
「どうなっているんですか?」
私には全く要領を得ない話で見えてこない。どういう経緯でこんなにこじれているのだろう。
「あの爆発の日はとても乾いた日だったな……」
レッドが話し始める。
――研究所の爆発はとても規模の大きなものだった。爆発する前、黒彦さん以外のメンバーはそれぞれ恋人とランチを取っていた。研究所自体は小さく町から離れていて過疎な場所にあった。相当、離れた場所でランチをしていたにもかかわらず、地響きがし、ドンと音がする方向は研究所の方で黒煙が立っていた。急いで戻るとそこはもう焼野原だった。
そしてそばに黒彦さんの恋人で同じ研究員のイサベルが、彼の焼け焦げて血まみれの白衣を抱いて泣いていた。
「おい! 待て!」
話の途中でブラックっシャドウが遮る。
「なんだ」
「イサベルが恋人ってなんだよ」
「え。そのままだけど」
「俺はイサベルと実験パートナーだっただけで、恋人関係じゃないぞ」
ブラックシャドウの言葉にメンバーは騒然とする。
「イサベルが言ってたけど。黒彦とそのうち結婚するって」
「そもそも付き合ってなどいない!」
「そうなのか。でも仲良く一緒に過ごしていただろう」
「彼女はスペイン語が話せる俺と母国語で話したかっただけだ。俺以外スペイン語話せる奴がいなかったから」
「ああ、確かに俺たちは英語だけだったからなあ」
どこも言葉の壁は大きい。日本語同士でさえもそうだ。
「俺はちょうど研究所から少し離れていて爆風にやられたんだ。しかも白衣はホットドック食べる前にケチャップを飛ばしたから着ていなかった」
「あれ、ケチャップなの?」
「ちっ……」
ブラックシャドウが訂正しながら語る。
――ランチに行こうとしつこいイサベルに先に行ってくれと促し、黒彦さんはもう少し実験を続けていた。あまり待たせると彼女に悪いと思い研究所を後にすると、車のエンジンをかけた瞬間にドンッっと縦揺れがし、車ごと吹き飛ばされていた。研究所は国境付近に建っており、国外へと飛ばされ、一ヶ月もの間、生死を彷徨っていた。
「隣国に居たのか!」
「そうだ」
「俺たちはせめてお前の欠片だけでも、と思って必死に探してたんだぞ!」
「連絡しろよ! 気が付いたんなら!」
「お前たちは俺の事を探しもせずに帰国したとイサベルが入院していた病院にメールを寄こした」
「!」
「どういうことだ! こっちもイサベルから、とんでもないエネルギー量の実験をしてたから肉体が残るはずはないって言われたんだ」
「何!?」
イサベルさんと言う人のせいで非常に話が混乱している。ホワイトが「なあ、イサベルはお前に個人的に何の話をしてたんだよ」と話題を変える。
「彼女は俺と一緒に自分の国で研究しようと誘ってきていた。わずかなエネルギーで莫大な財産を築くことが出来ると言われたが断った」
「あれ? イサベルは貧しい国の出身じゃなかった?」
「国は確かに貧しいが彼女自身は王族の出身だ」
「うーん。なんだか話がおかしいな」
「俺はイサベルから黒彦と結婚して砂漠を緑化に努めたいって聞いてるぞ」
「え? 彼女、日本に来て教師になりたいんじゃなかったか?」
どんどん話がおかしくなっていく。
「そうだ。黒彦の実験データは、彼女が責任をもって引き受けると言ってたんだ」
「何!? イザベルはお前たちが実験データを持って帰国したと言っていたぞ」
「ところで、イサベルはなんでお前が死んでないって知ってたんだよ」
「彼女は側に居たのか?」
「いや。気が付いたときにそのメールが来たきりだ」
シャドウファイブとブラックシャドウはハッと顔を見合わせる。
「すべての黒幕はイサベルか!」
「なんてことだ!」
「黒彦の実験データが目的だったのか!」
「まさか、爆発も彼女が?」
とにかくメンバーたちの誤解は解け、和解されそうではある。
「俺は、お前たちがもう俺のことなど、どうでもいいんだと思った。帰国しても俺には帰る家がないしな」
黒彦さんのご両親は事故で亡くなっていて彼は天涯孤独の身だった。
「俺にはお前たちしかいなかったのに……」
「すまなかった……。イサベルの言う事なんか信じずにもっと調べればよかった」
「だけどすぐに帰国したんじゃないんだ。ちょうど爆発から半月もすると、イエローのお袋さんが病気になって入院したんだ。おまけに爆発のせいで国からの援助が打ち切りになって」
悪い時には悪いことが重なるもので、一蓮托生の仲間があっという間に敵対してしまっていた。
「俺はもう孤独が辛かった。だけどもう裏切られるのも嫌で、自分を慕う怪人を作ろうとした。だけど、もし俺に立ちはだかるものがいるとすればお前たちだと思ってここにやってきた」
「黒彦……」
ブラックシャドウである黒彦さんは、まるでナイーヴな少年のように見える。真っ黒い瞳が潤んで黒曜石みたいだ。
「なあ、もうやめにしよう。前みたいに一緒に……」
レッドが黒彦さんの肩に手をのせようとした瞬間、パンッと彼は手を払いのける。
「今更、もう無理だ。一度やりはじめたら止められないんだ!」
「黒彦!」
「おい! 考え直せ!」
黒彦さんはポケットに入っていた2本小瓶を取り出し、まとめて飲む。そしてあっという間に体格が1,5倍になり黒衣とズボンを引き裂き、私たちと同じような真黒なバトルスーツ姿になった。
「グウウウゥーッ!」
目は充血し、見開かれ、歯が牙のようになり尖っている。まるで筋骨隆々の狼男のようだ。
「くそっ、ドーピングしやがった!」
「ピンク! 俺たちの後ろに!」
「はいっ」
私はメンバーの後ろに隠れて様子を伺った。全員武器を手に持つ。
しかし心配なことが一つある。みんなマスクをかぶっていないのだ。
破けた股間を覆うため、マスクはその部分に詰め込まれてしまっている。急所への攻撃が軽減されるとはいえ、頭や顔を攻撃されたらどうしよう。
シャドウファイブはブラックシャドウを取り囲む。どうなるのだろう。だけど、これはきっとシャドウファイブ最後の戦いになるはずだ。
「陽気でいることが、肉体と精神の最上の健康法である」
知っている言葉が出てきて、思わず涙が止まる。
「最も尊敬される人間は、最も学問のある人間では決してない。最も聡明で、最も誠実な人間なのだ」
しばらくブラックシャドウの言葉を聞く。
「幸福は、われわれがそれを所有していると意識することのうちに存する」
私が泣き止んだのを見ると、ふうっとため息をつき本を閉じた。確かに彼は自分で言う通りフェミニストなのかもしれない。彼が読んでいたのは、フランスの作家でフェミニストでもあったジョルジュ・サンドの名言だった。
私も一言呟いた。
「愛せよ、人生において良いものはそれのみである」
ハッとブラックシャドウはこちらを凝視する。
「良く知ってるな……」
「子供の頃よく行っていた本屋さんがあって。そこの本屋さんのスタンプカードにその言葉が書かれていたんです」
「本屋……」
「突然、閉店してしまってすごく残念でした。そこのおばさんが私にいつもいい本を勧めてくれて。そこで買ったサンドの『愛の妖精』はいまでも大事に持っています」
なぜかブラックシャドウは押し黙り、私の話に耳を傾けているようだ。しんとした沈黙を破る様にジャリっと音がする。メンバーが起き始めたのだ。
「あっ、レッド! グリーン! ああ、みんな!」
私は、ふらふらしながらもメンバーに駆け寄った。
「ピ、ンク。大丈夫なのか」
「随分眠ってしまった」
「どんだけ経ったんだ?」
彼らは私を取り囲み身体を心配したあと、ブラックシャドウの存在に気づく。帽子を深くかぶり、顔を見せない彼にレッドシャドウが言葉を発する。
「ブラックシャドウ。いや、黒彦。生きていたんだな」
「……」
「え? 黒彦? ブラックシャドウが?」
ホワイトとイエローが顔を見合わせている。
「え? 黒彦さんって確か……」
黒彦さんはシャドウファイブのメンバーの幼馴染で、一緒に外国で研究所で働いていたが、そこの事故により亡くなったはずの人だ。
「そうではないかと薄々感じていたんだが、さっきのタイルで確信を持った。これは昔、俺がお前にやったものだ」
ブルーは手のひらの中の星型のタイルを見せる。
「どうして、生きてたなら知らせてくれなかったんだ」
イエローの言葉に、ブラックシャドウが渇いた笑い声を発する。
「黒彦か……。その名は捨てた。お前らに裏切られてな」
「え? どういうことだ!」
レッドがブラックシャドウに詰め寄る。
「ふんっ。俺が生きているのを知っていながら、白々しいことを言うな」
「本当に生きてたなんて知らなかったんだ!」
「ああ、本当だ。誰一人……」
「どうなっているんですか?」
私には全く要領を得ない話で見えてこない。どういう経緯でこんなにこじれているのだろう。
「あの爆発の日はとても乾いた日だったな……」
レッドが話し始める。
――研究所の爆発はとても規模の大きなものだった。爆発する前、黒彦さん以外のメンバーはそれぞれ恋人とランチを取っていた。研究所自体は小さく町から離れていて過疎な場所にあった。相当、離れた場所でランチをしていたにもかかわらず、地響きがし、ドンと音がする方向は研究所の方で黒煙が立っていた。急いで戻るとそこはもう焼野原だった。
そしてそばに黒彦さんの恋人で同じ研究員のイサベルが、彼の焼け焦げて血まみれの白衣を抱いて泣いていた。
「おい! 待て!」
話の途中でブラックっシャドウが遮る。
「なんだ」
「イサベルが恋人ってなんだよ」
「え。そのままだけど」
「俺はイサベルと実験パートナーだっただけで、恋人関係じゃないぞ」
ブラックシャドウの言葉にメンバーは騒然とする。
「イサベルが言ってたけど。黒彦とそのうち結婚するって」
「そもそも付き合ってなどいない!」
「そうなのか。でも仲良く一緒に過ごしていただろう」
「彼女はスペイン語が話せる俺と母国語で話したかっただけだ。俺以外スペイン語話せる奴がいなかったから」
「ああ、確かに俺たちは英語だけだったからなあ」
どこも言葉の壁は大きい。日本語同士でさえもそうだ。
「俺はちょうど研究所から少し離れていて爆風にやられたんだ。しかも白衣はホットドック食べる前にケチャップを飛ばしたから着ていなかった」
「あれ、ケチャップなの?」
「ちっ……」
ブラックシャドウが訂正しながら語る。
――ランチに行こうとしつこいイサベルに先に行ってくれと促し、黒彦さんはもう少し実験を続けていた。あまり待たせると彼女に悪いと思い研究所を後にすると、車のエンジンをかけた瞬間にドンッっと縦揺れがし、車ごと吹き飛ばされていた。研究所は国境付近に建っており、国外へと飛ばされ、一ヶ月もの間、生死を彷徨っていた。
「隣国に居たのか!」
「そうだ」
「俺たちはせめてお前の欠片だけでも、と思って必死に探してたんだぞ!」
「連絡しろよ! 気が付いたんなら!」
「お前たちは俺の事を探しもせずに帰国したとイサベルが入院していた病院にメールを寄こした」
「!」
「どういうことだ! こっちもイサベルから、とんでもないエネルギー量の実験をしてたから肉体が残るはずはないって言われたんだ」
「何!?」
イサベルさんと言う人のせいで非常に話が混乱している。ホワイトが「なあ、イサベルはお前に個人的に何の話をしてたんだよ」と話題を変える。
「彼女は俺と一緒に自分の国で研究しようと誘ってきていた。わずかなエネルギーで莫大な財産を築くことが出来ると言われたが断った」
「あれ? イサベルは貧しい国の出身じゃなかった?」
「国は確かに貧しいが彼女自身は王族の出身だ」
「うーん。なんだか話がおかしいな」
「俺はイサベルから黒彦と結婚して砂漠を緑化に努めたいって聞いてるぞ」
「え? 彼女、日本に来て教師になりたいんじゃなかったか?」
どんどん話がおかしくなっていく。
「そうだ。黒彦の実験データは、彼女が責任をもって引き受けると言ってたんだ」
「何!? イザベルはお前たちが実験データを持って帰国したと言っていたぞ」
「ところで、イサベルはなんでお前が死んでないって知ってたんだよ」
「彼女は側に居たのか?」
「いや。気が付いたときにそのメールが来たきりだ」
シャドウファイブとブラックシャドウはハッと顔を見合わせる。
「すべての黒幕はイサベルか!」
「なんてことだ!」
「黒彦の実験データが目的だったのか!」
「まさか、爆発も彼女が?」
とにかくメンバーたちの誤解は解け、和解されそうではある。
「俺は、お前たちがもう俺のことなど、どうでもいいんだと思った。帰国しても俺には帰る家がないしな」
黒彦さんのご両親は事故で亡くなっていて彼は天涯孤独の身だった。
「俺にはお前たちしかいなかったのに……」
「すまなかった……。イサベルの言う事なんか信じずにもっと調べればよかった」
「だけどすぐに帰国したんじゃないんだ。ちょうど爆発から半月もすると、イエローのお袋さんが病気になって入院したんだ。おまけに爆発のせいで国からの援助が打ち切りになって」
悪い時には悪いことが重なるもので、一蓮托生の仲間があっという間に敵対してしまっていた。
「俺はもう孤独が辛かった。だけどもう裏切られるのも嫌で、自分を慕う怪人を作ろうとした。だけど、もし俺に立ちはだかるものがいるとすればお前たちだと思ってここにやってきた」
「黒彦……」
ブラックシャドウである黒彦さんは、まるでナイーヴな少年のように見える。真っ黒い瞳が潤んで黒曜石みたいだ。
「なあ、もうやめにしよう。前みたいに一緒に……」
レッドが黒彦さんの肩に手をのせようとした瞬間、パンッと彼は手を払いのける。
「今更、もう無理だ。一度やりはじめたら止められないんだ!」
「黒彦!」
「おい! 考え直せ!」
黒彦さんはポケットに入っていた2本小瓶を取り出し、まとめて飲む。そしてあっという間に体格が1,5倍になり黒衣とズボンを引き裂き、私たちと同じような真黒なバトルスーツ姿になった。
「グウウウゥーッ!」
目は充血し、見開かれ、歯が牙のようになり尖っている。まるで筋骨隆々の狼男のようだ。
「くそっ、ドーピングしやがった!」
「ピンク! 俺たちの後ろに!」
「はいっ」
私はメンバーの後ろに隠れて様子を伺った。全員武器を手に持つ。
しかし心配なことが一つある。みんなマスクをかぶっていないのだ。
破けた股間を覆うため、マスクはその部分に詰め込まれてしまっている。急所への攻撃が軽減されるとはいえ、頭や顔を攻撃されたらどうしよう。
シャドウファイブはブラックシャドウを取り囲む。どうなるのだろう。だけど、これはきっとシャドウファイブ最後の戦いになるはずだ。