逆ハーレム戦隊 シャドウファイブ
3 ヘアーサロン・パール
今日からピンクシャドウ改め、ホワイトシャドウになった松本白亜さんの美容室『ヘアーサロン・パール』で働くことになった。
本当はレッドシャドウ、田中赤斗さんのイタ飯屋『イタリアントマト』で働く予定だったが、一緒に経営している白亜さんのお母さん、明美さんが指を怪我してしまい、急きょそちらを手伝うことになった。
「よろしくね。桃香ちゃん。ほんとっ、助かるわあー」
明美さんは白亜さんによく似ていて可愛らしく柔らかい雰囲気で年齢不詳だ。
「いえ、ほんと、何ができるかわかりませんが、お掃除とか、出来ることがあれば」
「うふふっ、ありがと。じゃ、今日は予約も少ないし、シャンプー練習しましょっ」
「はい! え? シャンプー? いきなり?」
「そうねえ。白亜にしてもらって何となく感じつかんでみてくれる?」
「ええっ? 白亜さんにシャンプーしてもらうんですか?」
「そうよ。いいわよねえ? 白亜」
ハサミをチェックしている白亜さんに明美さんが声を掛けると「いいよー」と気楽そうな声でハサミを道具入れにしまいやってきた。
「確かに一回しとくとわかりやすいよね。じゃ、桃。そこのシャンプー台に座って」
「は、はいっ」
そそくさとシャンプー台の方へ行き、柔らかいシャンプーチェアに座ると、白亜さんは白く繊細な指で私の首にタオルを巻き、横たわらせる。
「顔にガーゼかけようか?」
「え、ああ、選べるんですか?」
「うん。台がフルフラットの時はかけてたけどね。今、まつ毛のエクステしてる人も多いからさ。一応聞くことにしてんの」
「へええ。あ、かけてください」
「オッケー」
シャンプー中、白亜さんと目が合うと恥ずかしいなあと思い、私はかけてもらうことにしたが、シャンプー中のかっこいい彼を見られないことに気が付き少し残念な気もしている。
やっぱりない方が良かったかなと思っていると、シャワー音が聞こえ始める。
「ぬるすぎるようなら言ってね。うちはぬるめで他の所よりシャンプーに時間をかけるんだ」
「へえー。どうしてですか?」
「シャンプー剤の洗浄力を弱めてるんだ。桃はシャンプーなに使ってる?」
「最近はボタニカルの流行ってるやつです」
「そっか。ちょっとリンス落としきれてないなあ」
「えーそうですかあ」
「うん。ちょっと髪が重いね」
「そんなことがわかるんですか? すごい!」
「まあね。でも髪にスタイリング剤つけてなければシャンプー剤を毎日使わなくても、お湯だけで十分、汚れ落ちるからね。使い過ぎないようにしたらいいよ」
「わかりました」
甘酸っぱいオレンジの花の香りが漂い始め、そおっと包み込む様に白亜さんの指先が、頭皮に触れてくる。その瞬間、ぞわっとした感覚が背筋を走る。頭全体を優しくもみほぐされると、目の周りがじんわり滲んでくる。この気持ち良さは何?美容院でシャンプーを何度もしてもらってきたけど、こんなに気持ちいいシャンプーは初めてだった。
「まずはこうやって、全体を優しくもんでリラックス効果と――」
「ふぁっ、は、はい」
あまりの気持ち良さにうっとりし、これが研修だと忘れてしまうことろだった。やっぱりガーゼを掛けておいてもらって良かったと思う。きっととてもだらしない表情になっているだろうから。
耳の後ろとうなじを撫でられて、背中のゾクゾクがますますひどくなる。
「頭の形がきれいだね」
「え、あ、そうですか。ありがとうございます」
気持ちいい指使いと、甘い声で褒められて、もうすっかりシャンプーの域は越え、これはエステだと思う。ああ、もう声が出ちゃう、というところで、シャワー音が聞こえ始めた。ほっとするような残念のような。
頭にタオルを巻かれ身体を起こされると、すごく頭が軽いことに気づく。
「うわっ。軽い!」
「フフッ」
白亜さんのいたずらっぽい微笑みにドキリとしていると、明美さんが「白亜、シャンプー上手いでしょー?」と声を掛けてくる。
「上手なんてものじゃなかったです。びっくりしちゃった」
「どうかな? 少しはわかった?」
「んー……」
説明は分かったけど、できるかどうかはまた別の話で、自信はない。
「じゃ、ブローを母さんにしてもらって、今度は桃が母さんをシャンプーしてやって」
「は、はい」
「母さん、そろそろ予約客来るから、あとお願い」
「ええ。じゃあ桃香ちゃん、こっちきてね」
「はい」
明美さんにブローをしてもらい、重たい髪がふわりと軽くなる。こんなに髪の状態がいいなんて初めてだ。
「さて、じゃ、わたしの髪、洗ってもらうわね」
「わかりました!」
明美さんをシャンプー台に寝かせ、白亜さんにされたようにシャンプーを始めるべく、髪を濡らす。明美さんの髪はショートで白亜さんと同じように癖があり色も薄い茶色だ。そのせいか所々白髪交じりだが全然目立たない。
シャンプー剤を手に出すと、綺麗なはちみつ色でおいしそうだなあと思った。
「どうでしょうか?」
「うんうん。なかなか筋がいいわよ。もうちょっと力が入っても大丈夫よ」
「はいっ」
恐る恐る洗っていると明美さんからそんな指摘を受け、私はもう少ししっかり揉むようにした。
「そうそう。いい、いい。桃香ちゃんは、さっきは静かだったけど我慢強いわねえ。みんなもっとすごいのよ?」
「え? 何が凄いんですか?」
「うふふっ。白亜にシャンプーされるとみんな発情期のネコみたいにフーフー言うのよ」
「ええっ!?」
「まあ、今はシャンプーするのほとんどわたしなんだけどね」
「そうなんですかあ」
シャンプーを終え、タオルで手を拭いていると、手の甲がしっとりしていることに気づいた。
「あれ? シャンプーの前よりなんかしっとりしてる」
「でしょでしょ。実はうちのシャンプーは白亜のお手製なのよ」
「お手製?」
「えーっとなんだっけ研究所で化学の研究してたんだっけ? よくわからないけど。環境にも肌にもいいシャンプー作ってくれたのよ。販売は出来ないみたいだけど」
「すごーい!」
今は美容師だけど白亜さんはシャドウファイブのメンバーで元化学者で、薬品のエキスパートでもあるのだ。以前やっつけたスライミー怪人のウォッシャー液は彼の開発したものみたい。明美さんは彼の事をどこまで知っているのかよくわからないが、明るく屈託ない。
それにしても女性の事を良く知っているからピンクシャドウだったのだろうか。あのとき胸の中身が飛び出てこなければ、セクシーな女性だと信じて疑わなかった。
カットした髪を片付けたり、道具やスタイリング剤の整頓をしながら、白亜さんの仕事ぶりを眺める。
若い女の子も年配の女性もみんな頬を染めて嬉しそうに髪をカットされている。
両サイドの髪の長さを測るためにすっと細い指先が毛先を持ち、女性のフェイスラインをするっと同時に撫で下ろすと「あんっ」と小さな声が上がる。明美さんは慣れっこのようだが私には刺激が強すぎる。髪を整えてもらうだけでとんでもなく心拍数が上がりそう。このお店が予約だけでいっぱいなのがよくわかる。みんな白亜さん目当てなのだろう。レジも担当し、スタンプカードにスタンプを押しているとばっちり決まった女性が「新しいスタッフ?」と聞いてきた。
「は、はい。ちょっと忙しい時だけですけど」
「ふーん」
じろりと上から下まで一瞥され、ふっと笑んだ後「また来まーす」とひらひらと手を振って出て行った。
「あ、ありがとうございました!」
なんだか、こんなに気持ち良くて居心地の悪い思いをしたのは初めてで非常に疲れた。
仕事を終え帰り際、白亜さんがお土産をくれた。
「これ、使って」
「え?」
「うちのシャンプー」
「ありがとうございます!」
「桃、また明日よろしくね」
彼は紙袋を渡した後、私の跳ねた毛先を持ち、するっと指で滑らせ手触りを確かめる。
「お、お疲れ様でした!」
一週間も持つのだろうか。こんなに仕事でドキドキするのは初めてだ。とにかく早く帰って落ち着こうと思い、頭をぺこりと下げて帰路についた。
本当はレッドシャドウ、田中赤斗さんのイタ飯屋『イタリアントマト』で働く予定だったが、一緒に経営している白亜さんのお母さん、明美さんが指を怪我してしまい、急きょそちらを手伝うことになった。
「よろしくね。桃香ちゃん。ほんとっ、助かるわあー」
明美さんは白亜さんによく似ていて可愛らしく柔らかい雰囲気で年齢不詳だ。
「いえ、ほんと、何ができるかわかりませんが、お掃除とか、出来ることがあれば」
「うふふっ、ありがと。じゃ、今日は予約も少ないし、シャンプー練習しましょっ」
「はい! え? シャンプー? いきなり?」
「そうねえ。白亜にしてもらって何となく感じつかんでみてくれる?」
「ええっ? 白亜さんにシャンプーしてもらうんですか?」
「そうよ。いいわよねえ? 白亜」
ハサミをチェックしている白亜さんに明美さんが声を掛けると「いいよー」と気楽そうな声でハサミを道具入れにしまいやってきた。
「確かに一回しとくとわかりやすいよね。じゃ、桃。そこのシャンプー台に座って」
「は、はいっ」
そそくさとシャンプー台の方へ行き、柔らかいシャンプーチェアに座ると、白亜さんは白く繊細な指で私の首にタオルを巻き、横たわらせる。
「顔にガーゼかけようか?」
「え、ああ、選べるんですか?」
「うん。台がフルフラットの時はかけてたけどね。今、まつ毛のエクステしてる人も多いからさ。一応聞くことにしてんの」
「へええ。あ、かけてください」
「オッケー」
シャンプー中、白亜さんと目が合うと恥ずかしいなあと思い、私はかけてもらうことにしたが、シャンプー中のかっこいい彼を見られないことに気が付き少し残念な気もしている。
やっぱりない方が良かったかなと思っていると、シャワー音が聞こえ始める。
「ぬるすぎるようなら言ってね。うちはぬるめで他の所よりシャンプーに時間をかけるんだ」
「へえー。どうしてですか?」
「シャンプー剤の洗浄力を弱めてるんだ。桃はシャンプーなに使ってる?」
「最近はボタニカルの流行ってるやつです」
「そっか。ちょっとリンス落としきれてないなあ」
「えーそうですかあ」
「うん。ちょっと髪が重いね」
「そんなことがわかるんですか? すごい!」
「まあね。でも髪にスタイリング剤つけてなければシャンプー剤を毎日使わなくても、お湯だけで十分、汚れ落ちるからね。使い過ぎないようにしたらいいよ」
「わかりました」
甘酸っぱいオレンジの花の香りが漂い始め、そおっと包み込む様に白亜さんの指先が、頭皮に触れてくる。その瞬間、ぞわっとした感覚が背筋を走る。頭全体を優しくもみほぐされると、目の周りがじんわり滲んでくる。この気持ち良さは何?美容院でシャンプーを何度もしてもらってきたけど、こんなに気持ちいいシャンプーは初めてだった。
「まずはこうやって、全体を優しくもんでリラックス効果と――」
「ふぁっ、は、はい」
あまりの気持ち良さにうっとりし、これが研修だと忘れてしまうことろだった。やっぱりガーゼを掛けておいてもらって良かったと思う。きっととてもだらしない表情になっているだろうから。
耳の後ろとうなじを撫でられて、背中のゾクゾクがますますひどくなる。
「頭の形がきれいだね」
「え、あ、そうですか。ありがとうございます」
気持ちいい指使いと、甘い声で褒められて、もうすっかりシャンプーの域は越え、これはエステだと思う。ああ、もう声が出ちゃう、というところで、シャワー音が聞こえ始めた。ほっとするような残念のような。
頭にタオルを巻かれ身体を起こされると、すごく頭が軽いことに気づく。
「うわっ。軽い!」
「フフッ」
白亜さんのいたずらっぽい微笑みにドキリとしていると、明美さんが「白亜、シャンプー上手いでしょー?」と声を掛けてくる。
「上手なんてものじゃなかったです。びっくりしちゃった」
「どうかな? 少しはわかった?」
「んー……」
説明は分かったけど、できるかどうかはまた別の話で、自信はない。
「じゃ、ブローを母さんにしてもらって、今度は桃が母さんをシャンプーしてやって」
「は、はい」
「母さん、そろそろ予約客来るから、あとお願い」
「ええ。じゃあ桃香ちゃん、こっちきてね」
「はい」
明美さんにブローをしてもらい、重たい髪がふわりと軽くなる。こんなに髪の状態がいいなんて初めてだ。
「さて、じゃ、わたしの髪、洗ってもらうわね」
「わかりました!」
明美さんをシャンプー台に寝かせ、白亜さんにされたようにシャンプーを始めるべく、髪を濡らす。明美さんの髪はショートで白亜さんと同じように癖があり色も薄い茶色だ。そのせいか所々白髪交じりだが全然目立たない。
シャンプー剤を手に出すと、綺麗なはちみつ色でおいしそうだなあと思った。
「どうでしょうか?」
「うんうん。なかなか筋がいいわよ。もうちょっと力が入っても大丈夫よ」
「はいっ」
恐る恐る洗っていると明美さんからそんな指摘を受け、私はもう少ししっかり揉むようにした。
「そうそう。いい、いい。桃香ちゃんは、さっきは静かだったけど我慢強いわねえ。みんなもっとすごいのよ?」
「え? 何が凄いんですか?」
「うふふっ。白亜にシャンプーされるとみんな発情期のネコみたいにフーフー言うのよ」
「ええっ!?」
「まあ、今はシャンプーするのほとんどわたしなんだけどね」
「そうなんですかあ」
シャンプーを終え、タオルで手を拭いていると、手の甲がしっとりしていることに気づいた。
「あれ? シャンプーの前よりなんかしっとりしてる」
「でしょでしょ。実はうちのシャンプーは白亜のお手製なのよ」
「お手製?」
「えーっとなんだっけ研究所で化学の研究してたんだっけ? よくわからないけど。環境にも肌にもいいシャンプー作ってくれたのよ。販売は出来ないみたいだけど」
「すごーい!」
今は美容師だけど白亜さんはシャドウファイブのメンバーで元化学者で、薬品のエキスパートでもあるのだ。以前やっつけたスライミー怪人のウォッシャー液は彼の開発したものみたい。明美さんは彼の事をどこまで知っているのかよくわからないが、明るく屈託ない。
それにしても女性の事を良く知っているからピンクシャドウだったのだろうか。あのとき胸の中身が飛び出てこなければ、セクシーな女性だと信じて疑わなかった。
カットした髪を片付けたり、道具やスタイリング剤の整頓をしながら、白亜さんの仕事ぶりを眺める。
若い女の子も年配の女性もみんな頬を染めて嬉しそうに髪をカットされている。
両サイドの髪の長さを測るためにすっと細い指先が毛先を持ち、女性のフェイスラインをするっと同時に撫で下ろすと「あんっ」と小さな声が上がる。明美さんは慣れっこのようだが私には刺激が強すぎる。髪を整えてもらうだけでとんでもなく心拍数が上がりそう。このお店が予約だけでいっぱいなのがよくわかる。みんな白亜さん目当てなのだろう。レジも担当し、スタンプカードにスタンプを押しているとばっちり決まった女性が「新しいスタッフ?」と聞いてきた。
「は、はい。ちょっと忙しい時だけですけど」
「ふーん」
じろりと上から下まで一瞥され、ふっと笑んだ後「また来まーす」とひらひらと手を振って出て行った。
「あ、ありがとうございました!」
なんだか、こんなに気持ち良くて居心地の悪い思いをしたのは初めてで非常に疲れた。
仕事を終え帰り際、白亜さんがお土産をくれた。
「これ、使って」
「え?」
「うちのシャンプー」
「ありがとうございます!」
「桃、また明日よろしくね」
彼は紙袋を渡した後、私の跳ねた毛先を持ち、するっと指で滑らせ手触りを確かめる。
「お、お疲れ様でした!」
一週間も持つのだろうか。こんなに仕事でドキドキするのは初めてだ。とにかく早く帰って落ち着こうと思い、頭をぺこりと下げて帰路についた。