逆ハーレム戦隊 シャドウファイブ

9 スライミー怪人再び

 レモントイズの店番をしていると、小学校に上がったばかりだろうか。小さいがランドセルを背負った男の子がやってきた。

「こんにちは。あの、黄雅お兄ちゃんいますか?」
「あ、はい。いらっしゃいませ。ちょっと待っててね」

小さいのに礼儀正しいなあと思いながら、奥にいる黄雅さんを呼びに行った。

「あの、男の子のお客さんが、黄雅さんをお願いしますって」
「ん。今行くよ」

何か機械類をいじっていた手を止め黄雅さんは店先にやってきた。

「こんにちは。今日はどうしたのかな?」

しゃがみ込み、男の子にやさしく話しかけると、彼は黄色い横断中とプリントされたバッグから小さな木製の車を取り出した。

「これ、車輪がとれちゃったの。お父さんに直してって言ったんだけど、もう古いから捨てないさって言うの」

男の子の小さな手の中に外れた車輪がキャンディーのように乗っている。

「ああ、確かに古いね」
「ここで、僕が赤ちゃんの時に買ったんだって」

白木の車を良く見ると噛み後もいっぱいあり、傷も多かった。

「そっか。よく遊んだんだね。まだこれ使うの?」

確かにこの車のおもちゃは赤ちゃんや、小学校に上がる前の小さな子供向けのようで、これからどんどん大きくなる男の子が遊ぶものには見えない。

「あのね。もう遊ばないかもしれないけど、この車を触って眺めていると気持ちいいの」

車を見せてもらい、手に乗せると傷はたくさんあるがすべすべで心地よい。丸っこい造形もなんだか安らぐ。

「いいよ。じゃ直しておくから、明日でも学校の帰りに寄ってもらえるかな」
「ほんと! 直してくれるの? やったぁ! ありがとう!」

大人しそうな小さな男の子はぱっと明るくなって溌剌と帰っていった。店に来たときは元気がなかったのに。

「この車が大好きなんですねえ」

私は感心して小さな木の車を眺めた。

「うん。これからゲームとか漫画とか他の遊びも増えるだろうけど、やっぱり残したいものはあるんだろうね」

明日、彼の喜ぶ顔が見れると私も嬉しい。

そろそろ閉店時間だと思っていると黄雅さんが「桃ちゃん、これ」と私の手を取り、幅の太いメタリックな指輪を指にはめた。

「え、あ、あの」

いきなり指輪をはめられ、見つめられる。なんだろう。何が起こっているんだろう。指をはめた手を取り、黄雅さんは静かにその手を見つめる。

「よかった。ぴったりだ」
「あ、あの」

黄昏時に王子様から指輪を贈られる。どうして私たちトレーナーにジーンズなんでしょう。

「そろそろ怪人が現れそうだから、もし遭遇しちゃったらぐっと握って」
「え、あ、そろそろ、怪人ですか」
「うん。発信機になってるんだ。すぐに助けに行くよ。小型マイクも内蔵してあるから握った後は音声も聞き取れるよ」
「すごいですね」

なんだ。プレゼントの意味が違っていた。すっかり怪人の事が頭から消えってしまっていた。いけないいけないと思って気を引き締めて帰ることにした。


 夕日を背中に歩いていると、噴水のある公園に差し掛かる。以前、スライミー怪人が現れたところだ。

「あの時はほんとびっくりしたなあー」

思い出しながら歩いていると聞き覚えのある声が聞こえた。

「キーッーヒィッヒッい! こんにちはアー」
「ひっ! ど、どうして! シャドウファイブに倒されたはずじゃ!」
「キーッーヒィッヒッい! オレ様はスライミー怪人ジュニア。 殺された父の怨念とブラックシャドウ様の手によって生まれたのだ!」
「えー!」

びっくりして逃げようとしたが、素早いスライミー怪人はたちまち先回りして私の口をふさぐ。

「ううっ、むっうううっ」
「やかましい口はふさいでやる。これからブラックシャドウ様のところへ行くのだ! お前も素晴らしい怪人にしてもらえ!」

逃げようと身体を揺すった時、思い切り手を握り込むと、黄雅さんからもらった指輪がカチッと作動した。指輪の効果がありますようにと祈りながら身体をにじらせていると、ぬるぬるしたゼリー状がトレーナーにしみてきた。気持ち悪いと思って更ににじっていると、スポンとトレーナーが脱げ、怪人は抜け殻のトレーナーだけを抱きしめている。

「キーッーヒィッヒッい! あ、あれ? 中身どこだ」
「ぬるぬるし過ぎて助かったあー」

更に遠ざかろうとすると、スライミー怪人はぬるぬるの触手を伸ばし足首をつかんだ。

「今度は脱がさない、じゃなくて逃がさないぞ。って、あれ? その恰好、どこかで……」

トレーナーの下はピンクシャドウの戦闘スーツだ。足首に巻き付いた触手を取ろうと蹴ったり、つかんだりしたが無駄な徒労に終わり、私はまた怪人の側に引き寄せられる。

「お前、まさか、ピンクシャドウ、じゃないよなあ」

返答に困った。マスクをしていないしどうしよう。でも一般の人がいないしピンクシャドウ男説を覆すべく、私は名乗ることにした。

「そうです! 私はピンクシャドウです!」
「キーッーヒィッヒッい! 父の怨念がオレ様の中でシャウトしている! ピンクのくせに男だって!」
「えっ、だから私がピンクだって……」

この怪人には顔を見ただけでは女という証明にならないのだろうか。確かにそんなに可愛い方でも女の子っぽい方でもないけど、男に間違えられたことはない。

「あの、顔でわかりませんか?」
「顔? そんなもの証明になるか!」
「私、女です!」

こんなに自分を女アピールしたのは生まれて初めてだ。

「キーッーヒィッヒッい! じゃ、連れていく前にちょっと調べてやろう!」
「え? や、やだ、やめて!」

マスクをかぶっていないせいで、首から触手がバトルスーツの下にするすると忍び込んでくる。

「ひっ、や、めっ」
「ん? ここ、どこかな?」
「くっ、うっ、ぷっ、や、だ、あはははっ、ちょっ、やめて、く、すぐったい!」
「こ、こらじっとしろ!」

怪人の触手が私の腋の下に入り込みくるくる撫で上げている。くすぐったくてたまらない。もう限界。笑い死にしそう。そこへ颯爽と現れるシャドウファイブ。助かった。

「シャドウファイブ、見参!」

5人とも来てくれた。

「ピンクを放せ! スライミー怪人ジュニア!」
「な、なぜ、名前を」
「ピンクにはちゃんと発信機とマイクをつけておいたからな」
「おのれえ」
「逃げ場はないぞ!」

私がこの怪人から逃げ出せば、シャドウファイブは怪人を倒すことが出来るだろう。バトルスーツのおかげで私には攻撃をされてもダメージはないし、パワーも上がっているのでこの触手さえ振り払えばすぐにでもメンバーの元に行ける。もう以前の助けを待つだけの存在ではないのだ。シャドウファイブに目を奪われ、触手の動きが止まったところで私はその隙をつく。

「えいっ!」
「キッヒィッ? おのれえー! これでもくらうがい!」

スライミー怪人ジュニアは、自分の触手を10センチほど切り離し私に投げつけた。そのタコの足のような触手は、首から身体の中に入る。

「きゃっ! やだ、やだ!」

するすると素早い動きの触手は、私の胸の周りをくるくる回る。

「いっ! ひっ!」
「ピンク! 大丈夫か!」
「キーッーヒィッヒッい! オレ様はお前たちのデータをブラックシャドウ様に送るのが役目だ。ピンクは女のようだな」

メンバーが私の身体から触手を取り除こうと身体をまさぐり、追いかけるがなかなか捕まらない。

「あ、や、んっ、は、早く、怪人をっ」
「わかった。俺が行ってくる」

レッドは素早く腰の銃を抜き、スライミー怪人ジュニアの前に立つ。

「ブラックシャドウの事を教えるんだ。基地はどこだ。目的はなんだ」
「キーッーヒィッヒッい! 基地なんぞ知らん! しかしお前ら凡人にはブラックシャドウ様のユートピアの構想など話しても分からんだろう」
「ユートピアだと!?」
「そうだ。怪人だけの世界の方が平和だろう」
「ふざけたことを!」
「キーッーヒィッヒッい! オレ様の役目は終わりだ! ブ、ブラック、シャドウ様、万歳! 父さん、ピンクの、おっぱい、触ってやりまし、た……」

そう言うとスライミー怪人ジュニアは何か丸い塊を噛む。

「伏せるんだ!」

レッドの声にみんな地面に伏せると、スライミー怪人ジュニアはチカッと光って自爆し、べとべとのゼリーをまき散らした。しかしそのゼリーもすぐに蒸発して消えてなくなった。

「ピンク平気か?」

怪人を倒すとみんな私を労わってくれた。

「ありがとうございます。早く来てくれて助かりました」
「いや、もうちょっと予測があれば良かったんだけど」
「どこも怪我していない?」
「はい。痛いところもないです」
「よかった」

ホッとしているとホワイトシャドウが「触手とれたの?」と聞いてきた。

「あっ、そういえば。いつの間にか消えてる」
「スライミー怪人ジュニアと共に消えたのかな」
「うーん」
「しかしさっきの怪人は親父よりも弱かったなあ。普通、ジュニアって強くなってないか?」
「何が目的だったんだ」

みんなでうなっているとブルーシャドウが私の顔をじっと見て、おでこに手を触れる。

「ピンクが発熱している」
「え?」
「あ、ほんとだ」

そう言われてみれば、目の周りに熱を感じ、視界がぼんやり滲んでくる。身体も気が付くと熱くなってきた。早くこのスーツを脱ぎたい。
そう思うと居てもたってもいられず、スーツを脱ごうとサイドについているファスナーに手をかける。

「おい。こんなところで」「脱ぐな!」「しっかりしろ!」

周りが何やらガヤガヤ言っているが私にはあまりはっきり聞こえず、とにかくこのスーツを脱いでしまいたいという欲求だけが強い。しかしなんだかうまく力が入らない。目の周りが回り始め、メンバーの5色の色がぐるぐる回り始めたところで私は意識を失った。
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