囚われのシンデレラ【完結】
顎と肩に挟んだバイオリンから、音の振動が伝わる。華やかでありドラマチックな、情熱的なこの旋律を私の持っているものすべてで歌い上げる。
Aオケから落ちたと知って、これまで表に吐き出すことのなかった葛藤を初めて西園寺さんにぶちまけた。苦しくても環境に恵まれなくても、結局バイオリンが好きなのだと言った私に、「それは情熱だ」って言ってくれたのだ。どん底だった私に、ここが終着点じゃないと言ってくれた。弾き続けている限り、その実力は変化していくものだって。
そうやって、私はここに立っている。私の出したい音を追い求めて、バイオリンを弾くことだけはやめなかった。私のその”情熱”を旋律に載せる。
西園寺さんは、私の無謀すぎるほどに壮大な夢を、笑わずに聞いてくれた。
自分自身ですら信じられなくなっても、西園寺さんが信じ続けてくれた。
それなのに、私は結局、西園寺さんに何もしてあげることが出来なかった。
だから――。
たとえ直接私の音を聴いてもらえなくても、私はこのチャイコフスキーを西園寺さんに届けたい。
ありがとうも、さよならさえも言えなかったから、私の想い全部をこの曲に込める。
西園寺さんと過ごした半年が、どれだけ私を成長させたのか。私にとってどれだけ大きく、かけがえのないものか。
それをここに全部証明する。
細かいバッセージを、張り詰めたような緊張感を途切れさせずに上昇させて弾き上げる。それを受け継ぐように、オーケストラの壮大で重厚な音楽が会場を埋め尽くす。
私を見つめてくれたあの眼差しが瞼の裏に浮かぶ。
懸命に刻む弓の動きと共に、出会ってからこれまでのありとあらゆる場面が走馬灯のように流れて行く。激しく上り詰めて行くオケと私のバイオリンの音が、クライマックスへと向かって。
あなたが好きだと言ってくれた音は、届きましたか――。
最後の一音を弾き終え弓を振り下ろした瞬間、スライドのように私の中に写し出されていた映像が消えた。
見上げたスポットライトがすべてを白くして。一瞬の静寂の後、割れんばかりの拍手が私の耳をつんざいた。