囚われのシンデレラ【完結】
半ば放心状態のようになりながら会場を見回す。誰もが手を高く上げ、拍手を送ってくれる。それを目の前にして頭を下げた。
できた、のかな――。
自分の演奏、表現したいことを、すべて表せたのか。
まだ足が震えていた。でも、それだけじゃない。私の鼓膜を揺らす拍手が私の感情を昂ぶらせて。熱くて苦しいものが込み上げて来る。
指揮の先生が私を笑顔で抱きしめてくれる。コンサートマスターの学生が私に手を差し出す。それにどこか他人事のように応えて、もう一度会場を見渡した。
その時、会場の一番後ろ、出入り口付近に佇む人影が視界に入った。
そんなはずない――。
来るはずない。それに、これだけ大きい会場でそれが誰かなんて識別できるはずもない。会いたいという私の願望が、幻となって浮かびあがったのか。そうに違いないと思うのに、この目が否定してくれない。まだ拍手が鳴りやまない中で、その人影は会場を出て行こうとした。
待って。待ってください――。
”コンチェルト、必ず聴きに行くから”
西園寺さんの言葉が脳裏をよぎる。身体が勝手に動く。私は、駈け出していた。
西園寺さんとはもう会わないと、斎藤さんと約束をした。会ってはいけない人なのだ。あの人影が、本当に西園寺さんかどうかも分からない。
こんな風に走ったところで、一体どうなるのか――。
それなのに、自分を止められなかった。長い裾のせいで上手く脚をさばけないから、裾を掴んで走る。舞台袖からホール脇の廊下を駆け抜ける。
どうか神様、お願いです。もう一度だけ。一目でいい、西園寺さんに会わせてください――。
観客がホールから一斉に出て来る。次第に増えて行く人を掻き分けて懸命に走った。エントランスを抜け会場外に出る。ホール前の広場へと走り出そうとした時、後ろから勢いよく身体を抱き留められた。