囚われのシンデレラ【完結】

「何やってんだ! そんな格好のままでどこに行くつもりだよ!」

柊ちゃん――。

「離して。離して……っ」

きつく囲う腕を力の限りで振り払おうとしているのに、びくともしない。そのことにどうしようもないほどの哀しみが襲う。

 斎藤さんに会って西園寺さんとの別れを決めた日からこの日まで。極限の精神状態の中で、苦しさ、喪失感と闘って来た。それさえも全部演奏に込めると決めて。

 でも、それは、どこか楽でもあった。

 この日の演奏にすべてをかける。西園寺さんへの想いは全部この日の演奏にぶつける――そう考えることで、本当の悲しみをやり過ごせていた。

「西園寺さんを見たの。ここの会場で、見かけたの……っ」

涙が溢れて止まらない。

「あの人とは別れたんだろう? それなのに来たりするはずない。それに、もう会わないって決めたんじゃないのかよ。追いかけて、どうするつもりだ」
「離して!」
「ダメだ。行かせねーよ」
「あの人に、会いたい――っ」

その腕の中で必死にもがく。

「しっかりしろっ! 目を覚ませ」

暴れる私を押さえ込むみたいに、柊ちゃんが強く私の身体を抱きしめた。

「ドレスのままで、肩震わせて。このまま追いかけさせたりなんかさせねーよ。こんな、薄っぺらな身体になりやがって……っ」

私の身体をがんじがらめにする腕の中で泣く私に、柊ちゃんの声までも弱々しくなる。

「もう、あの人はおまえに会ったりしない」

分かっている。西園寺さんには大切な縁談があって、その人と結婚する。こんなところに来たりするはずない。

分かっているのに、それが例え幻でも、この目に映ってしまえば追いかけずにはいられなかったのだ。

耐えて来た涙が、溢れて仕方ない。

「……あずさっ!」

震えるような叫び声が、泣き崩れる私の背中に突き刺さる。

「お、かあさん……?」

おもむろに振り返ると、そこには、顔色を失った母が立ち尽くしていた。その姿が、何かを想像させて。母の口が開くのを、怯えながら待っていた。

 私の初めての恋が終わった晩秋の夜、私は、また一つ大切なものを失った。

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