囚われのシンデレラ【完結】
「……あずさ、仕事は? 今、何してるの?」
奏音が気を取り直したように、その表情を明るくして私に問い掛けて来た。
「接客業だよ。レストランで働いてる。身体を動かす仕事の方が性に合ってるからさ」
「レストランかぁ。確かに、レストランでの接客業って常に動き回ってるイメージだな。そう言えば、あずさはいつも走ってたもんね」
「そうだったね」
私も笑う。
父を亡くし、大学をやめて、とにかく働かなければならなかった。
余計なことを考えなくていいように、悲しみを紛らわせるために、失ったものたちのことに思いを馳せないように。そのためには、身体をとことん動かしていたかったのかもしれない。身体を動かしていれば、人は否が応でも生きて行く道を進む。身体は勝手に疲れて、眠りにつく。
たくさん食べて、今ある生活を大切にして、生きて行く。小さな日常に小さな喜びを見つけて、ちょっとした面白いことに笑って。
お母さんと2人だけの生活になった今、それが何より幸せなことだ。
「――じゃあ、あずさ。また今度、ゆっくり会おうよ」
「そうだね。また今度」
そう言って歩道で手を振り、奏音を見送る。手にはバイオリンケースを持っていた。
私も帰ろう。私の家に――。
「遅くなってごめーん」
少し古いけれど、意外に造りはしっかりしている二階建ての木造アパート。その2階の角部屋が今の私の住まいだ。
「ああ、おかえりー。何かいいもの買えた?」
玄関脇のキッチンに母が立っていた。
「あー……あんまりかな。どの服見ても、結局『まあいっか』ってなっちゃうんだよね」
靴を脱ぎ部屋に上がり、そのまま母の横に立つ
「あずさはそういうところあるよね。意外と勢いのままがーっと行けないところ。最後の最後、一歩引いちゃうっていうかさ」
煮物だろうか。鍋からぐつぐつと甘辛い匂いが漂って来る。
「そうかな。『これ!』って言うものが見つからなかっただけだって。それより早く夕飯にしようよ。お腹空いた」
「帰って来て早々おなかすいたって、子どもなの?」
「いえ、27歳の立派な大人の女です」
「バカね」
アハハと大きな声で笑ってコートを脱ぎ、食事の支度を手伝う。
以前住んでいた一戸建ての家は、私がバイオリンを弾くために選んでくれていた賃貸住宅だった。父がいなくなって、あの家の家賃を払うのは難しくなった。それで、近所の小さなアパートに引っ越したのだ。
「やっぱり、お母さん、煮物だけは美味しいよね」
「”だけ”って何よ。失礼ね」
「だって、本当のことだもん」
座卓で向かい合って座り、食事をとる。いつも、馬鹿みたいな会話をして笑うのだ。
人は笑っていれば元気になれる。どんな苦悩も蓋をすることが出来る。
だから笑うのだ。