囚われのシンデレラ【完結】
夕食を終えた後、4畳半の自分の部屋へと入った。ベッドと机とチェスト、それだけで、もう部屋は満杯だ。
部屋の片隅に置いてあるミント色のケースが視界に入る。いつもはこの部屋に完全に同化して、特に気にもならないのに。狭い部屋の真ん中で動けなくなる。
今日、奏音に会ったからかな――。
本当は、父が他界した後、このバイオリンは売り払おうと思っていた。バイオリンと弓、会わせて300万円の楽器だ。音大に通う友人たちの中では、圧倒的に安い代物だったけれど、我が家にとっては一世一代の買い物だった。それでも、父と母が私のためにと、音大入学に合わせて買ってくれたのだ。
当然、多額のローンが残っていた。パート勤務の母と私とで協力して生きて行かなければならない中で、音大をやめたのにバイオリンのローンを払い続けるのは無駄なことだと思った。でも、母が言ったのだ。
『これだけは絶対に手放さないで。お父さんが、あずさの夢のために買ったものなの。それを捨ててしまったら、何もかもなかったことになってしまう』
いつも笑ってばかりだった母が泣いた。
『音大をやめさせてしまうことになった。本当に、あずさには申し訳ないと思ってる。でも、このバイオリンさえあれば、いつでも弾ける。バイオリンのローンくらい2人で協力して払って行こう』
そう言って、決して私のバイオリンを手放そうとしなかった。
ねぇ、お父さん。私は、この家に生まれて来て良かったのかな――。
母は、父ととても仲が良かった。明るくてどこか無鉄砲な母を、いつも見守るようにしていた優しい父。私は、母からも父を奪ったのだ。
バイオリンを弾きたいだなんて言い出したりしなければ――。
そんなことを今更思ったところで、父は帰って来ない。