囚われのシンデレラ【完結】
「店長、じゃあ、お先に失礼します」
「お疲れ様。明日も、よろしくね」
「はーい」
この店で正社員として働いている。店長と私と、そしてアルバイトの子が2人。店長は気さくな人で、仕事は大変だけれどとても働きやすい環境だった。それが何よりありがたい。
「――おお、来たか」
店の裏口から出ると、そこに面している歩道のガードレールにもたれて立っていた柊ちゃんが顔を上げた。
「仕事で疲れているんでしょう? 待っていなくてもいいのに」
バッグを肩に掛けて、柊ちゃんの元へと歩く。
「どうせ同じ方向に帰るんじゃねーかよ」
「そうだけどさ」
夜遅いことを気にしてくれているのか。ここに来て夕飯を食べて行く日は、こうして私の仕事上がりを待ってくれるのだ。
「本当に冗談抜きで。もういい年なんだし、いい子探しなよ」
本気で心配になるのだ。この人、一体何やってるんだろうって。
「そんなこと言ったら、おまえだって。全然、男っ気ないだろうが」
隣を歩く柊ちゃんが、低い声で言う。
「私は――」
「そんな余裕ない? そんなこと、考えられない? その台詞、聞き飽きてる」
誰かを好きになる――。
今の私の心にそんな隙間は残っていない。全然、想像できないのだ。
電車に乗り、自宅最寄り駅に着く。駅から同じ方向へと柊ちゃんと歩いていた。公園が視界に入って来る。
「……おまえさ」
「ん?」
「まだ、あの人のこと、考えることあんの……?」
それまで、どうでもいいニュースの話とか、柊ちゃんの仕事の話をしていたのに、突然立ち止まったかと思ったらそんなことを聞いて来た。
「あの人って……」
「西園寺さんだよ」
柊ちゃんの口からその名前を聞くのは本当に久しぶりのことだった。一瞬言葉に詰まる。
「ば、ばか。何年経ってると思ってるのよ。私にとっては、最高にいい思い出だよ。心の中で大切にとってある宝箱みたいな感じ……なんちゃってね」
柊ちゃんに笑顔を向けた。
あの半年間は、私の人生において、特別な時間だった。キラキラと輝く宝石みたいな日々は、あの輝きのまま自分の胸に保存していたい。それくらい、大切なものだ。
あれから7年。センチュリーグループの経営が危機に陥っているなんてことを聞いたことはない。それはつまり、縁談は上手く行ったということだろう。
今頃、西園寺さんはパパになっていたりするのかな。きっと、西園寺さんなら、いい旦那様でありいいパパになるよね――。
胸の奥がチクリと痛んだことには気付かないふりをする。
でも。幸せでいてほしい――。
それだけは、心から思っていることだ。あの甘くてドキドキして幸せだった時間を思い出すと、未だに胸がきゅっと刺激されるけれど、西園寺さんには幸せでいてほしい。
「……じゃあ、もう完全に過去のことなんだな?」
「しつこい」
笑ってかわし、止まっていた足を前へと向けた。
「まあ、お互いいつまでも独り身じゃあどうしようもねーなぁ」
歩き出した私に続くように柊ちゃんも歩き出し、両手を後頭部に添えて冗談ぽくそう言う。
「こうなったら、30になってもお互い独り身なら結婚するか」
「何、ばかなこと言ってるのよ」
「結構いいアイデアじゃね? お互いの家族も、お互いの性格も知り尽くしてる。既に家族みたいなんだし、問題ないだろ」
どこまで本気でどこまで冗談なのか。
「そんな、近場で済ませようみたいなこと考えてないで、真剣に婚活しろっ!」
パンと、柊ちゃんの肩を叩いた
どうして私の心は誰にも動かないのだろう。心が、動かない。
胸の中に消え切らない痛みがあっても、喪失感が横たわっていても、それを抱えて生きている。