囚われのシンデレラ【完結】
「店長、クリスマスの予約、結構入ってますよ!」
「もう何年も『クリスマス=仕事する日』になってる」
「私もです。毎年、店長とお客さんと過ごしてます。でも、それも幸せなことですよ? お店が潰れでもしたら、大変なことになるんですから」
変えられない現実がそこにあるのなら、その現実の中で明るく生きて行く。苦しくなる夜がある分だけ、笑っていたい。
そうやって、日々を生きていた。
「――進藤さんっ」
「店長、どうしたんですか? そんな魂抜かれたみたいな顔をして……」
ランチタイムが終わり、一息ついたところだった。店長がコードレスの受話器を手にして、大声を出した。
「今すぐ、病院に行って。お母さんが倒れたそうだ」
「……え?」
今、なんて――?
「何、ボケっとしてるの。早く!」
瞬時に蘇る7年前の光景に足が竦む。
「病院の場所、メモしたから。これ持って早く行きなさい」
「進藤さん、早く!」
店長とアルバイトの男の子の声が歪んで、視界が揺れる。
それから、恐怖と不安に押し潰されそうになりながら病院に駆け付けた。幸い、一命をとりとめ、母は病院のベッドに横たわっていた。
「……おかあさんっ!」
まだ目を閉じているその姿を見て、ベッド脇に崩れ落ちた。
「良かった。本当に良かった……」
白いシーツに縋るようにぎゅっと握りしめる。
息をしている。お父さんの時とは違って、ちゃんと呼吸をしている――。
でも、酸素マスクを装着したその姿は酷く弱々しく見えて、今度は新たな不安が私を襲う。
今朝の母は、いつもと何も変わらなかった。いつものように朝ごはんを食べて、一緒に家を出た。パート先に向かう母と、手を振って別れた。
なのに、どうして――?
父も突然だった。
「――進藤さんのご家族の方ですか?」
その声に振り向くと、白衣を着た人が立っていた。
「は、はい。娘です。母は、一体、どうして倒れたんでしょうか」
詰め寄るように問い掛ける。
「――詳しい検査をするために、少し入院をしましょう。おそらく、心臓の疾患だと思われます。入院の手続きをしていただけますか?」
心臓疾患の検査――。
父も心臓だった。
大丈夫だよね。検査してみたら、大したことないって、そうなるに決まってる――。
無理やりに自分にそう言い聞かせる。そうとでも思わないと、何をすることも出来ないだろう。
入院手続きを済ませ病室に戻ると、母が目を覚ましていた。
「あずさ、心配かけてごめんね」
「何言ってるのよ。最近、体調が悪かったんじゃないの? 無理してたんじゃない?」
覆いかぶさるように母に近付く。
「無理なんてしていないんだけどね。検査に入院なんて、お金がかかるからいやだな」
「お金のことなんて言い出さないで。そんなこと気にしないで、ちゃんと診てもらおう」
震えそうな声を誤魔化すため、笑おうとするけど上手くできない。
「はいはい。娘の言うことは聞かないとね」
「そうだよ。もう、私の方がしっかりしていたりするんだから」
お願いです。何でもない結果でありますように。命に関わるようなことにはなりませんように――。
検査の結果が出るまで、私はそう祈り続けた。