囚われのシンデレラ【完結】

 病院内の喫茶店で、西園寺さんと向き合っている。病院の前で、バッグの中身をまき散らしていた私を「とりあえず」と促し、ここへ連れて来たのだ。

 スリーピースのスーツを着た西園寺さんは、どこから見ても立派な姿で。高貴さだけでなく、23歳の西園寺さんとは違う威厳のようなものが増した。
 私と3歳しか違わないとは到底思えない。あの頃の何倍もの近寄りがたさを醸し出していた。余計に西園寺さんと向き合うのは、緊張する。ただでさえ、7年間一度も会っていないのだ。別れの挨拶すらしていない。

「……お元気でしたか?」

席について注文したコーヒーが届いても、西園寺さんは窓の外を見たままで言葉はなかった。その沈黙に耐えられなくなって、私から口を開いたのだ。みっともないくらいに、その声は震えてしまった。

「――7年か」
「え……っ? あ、は、はい」

窓に向けられていた顔を正面に戻し、西園寺さんがコーヒーを口にした。そして、その目が私に向けられる。その眼差しに、思いもしない驚きと痛みを感じた。

赤の他人を見ているような――ううん。そんなんじゃない。それ以上に、その眼差しに冷たさを感じて、身勝手にもショックを受ける。この7年、私が思い出す西園寺さんは、いつも優しい目で私を見ていてくれた姿だったからだ。

「それで。どうしてここに?」

懐かしむ言葉も、笑顔もないー―。

そう思った瞬間に、自分を戒める。7年前と同じはずがない。7年も経っているのだ。よそよそしくて当然だ。

それに、西園寺さんには奥様もいる――。

膝の上で握りしめる自分の手を見つめた。

「母が入院しているので、それで……」

7年ぶりに再会した人に、詳しい事情を話すのもおかしい。そう思って、濁して答えた。

「――良くないのか?」
「……どうして?」

その言葉に驚き、思わず西園寺さんの顔を見てしまった。

「病院の前で、あんな表情(かお)をして座り込んでいたんだ。何かあったと思うのが普通だろう」

淡々とした声でそんなことを言う西園寺さんに、さらに驚く。

「そ、そっか……そうですよね」

無理に笑おうとしても、笑えるはずもない。どうせ、これ以上嘘をついても意味はない。西園寺さんは今はもう何の関係もない人だ。話しをしたところで、ただの身の上話だ。

「実は、数日前に母が突然倒れて。検査してみたらかなり難しい心臓の病気だと分かったんです。
できれば手術をした方がいいのですが、執刀できるお医者さんも限られていると、担当医から聞いて来た帰りで。
でも、打つ手がないわけじゃないと分かっただけで良かったと思わなくちゃいけませんよね。これから、なんとか頑張って――」

話せば話すだけ深刻になってしまう。
最後は相手の負担にならないように無理やりに明るく言ったつもりだった。なのに、そんな私の言葉に構わず、西園寺さんが問い掛けて来た。

「父親は、どうした?」
「あ……」

大事な検査結果を聞いて帰って来るのが私だけであることに疑問に感じたんだろう。それに、西園寺さんは私のお父さんが亡くなったことを知らない。
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