囚われのシンデレラ【完結】
連れて来られた先は、すぐ近くの路地裏に停めてあった西園寺さんの車だった。表通りの喧騒が嘘のように、夜になるとほとんど人通りはなくなる。
後部座席に座る西園寺さんに続いて、車内に入る。動かない車内で隣り合って座るが、その間には他人としての距離がある。こんなにも近くにいるのに、否応なしに突きつけられる。
夜の車内は薄暗い。寸分の隙もなく身を包んでいる仕立ての良さそうなスーツ。整えられた短い髪、すっきりと露わにされている綺麗な形の額。意思の強そうな真っ直ぐな眉に切れ長の目、きりりとした唇――その横顔に影が差して、表情に憂いを差す。
理由は分からない。でも、その横顔を見ていたら、きっともう西園寺さんは私に笑いかけてくれることはないんだろうと、そう思えた。
「――君の母親の病気のことだが」
物音ひとつしない車内で、西園寺さんが口を開いた。
「困難な症例のオペをいくつも成功させている心臓外科の名医がいる。慶心大医学部の大石教授で、心臓疾患の権威だ」
慶心大の大石教授――母の病気について調べていると、何度もその名前を目にした。世界中の病院で実績を積んだ、経験と能力を持ち合わせたスーパードクターだと書いてあった。
「心臓の手術はただでさえ危険がつきまとう。いい医者を探すことが何より命を救うことになる。その点で、大石先生以上の人はいない」
「でも、そんな有名な先生に診てもらうのは簡単ではないと言われました。伝手でもないと難しいと――」
「俺が、話を通してある。まずは、すぐにでも病状を見ると言ってくれている」
「……え?」
思わず、その横顔を凝視してしまった。
「大石先生は父の古くからの知り合いだ。俺も、小さい頃からよくしてもらっている」
そんな人とも知り合いだなんて……。
やはり、生きている世界が違う人だったのだ。
「でも、そんなご迷惑を掛けるわけには――」
今、母が入院している病院から紹介してもらっている執刀医は、母と同じ症例の手術件数がほとんどない医師だった。本当は喉から手が出るほどありがたい話だ。でも、だからと言って、西園寺さんに「じゃあお願いします」とすぐに言えるものでもない。
「もちろん、ただの親切心からじゃない。一つ、条件がある」
「条件……?」
西園寺さんが、私の方へとゆっくりと顔を向ける。
「俺と結婚すること。それが条件だ」
その言葉とは裏腹の、何の感情も宿さない冷たく透明なその眼差しが私の心を凍えさせる。