囚われのシンデレラ【完結】
「い、一体、何を言っているんですか? だって、西園寺さんは結婚しているんじゃ――」
「結婚なんてしていない」
え――だって……。
どういうことだ。何がどうなっているのか分からなくなる。
あの日、斎藤さんが私のバイト先に来たのだ。西園寺さんのホテルと、西園寺さんの将来のために絶対に必要な縁談だと言った。どうやっても逃れられないものだと。
だから、私は――。
「……俺が結婚でもしていた方が、気が楽だったか」
酷く冷めた目が私の思考を混乱させる。
どうして、そんなこと――。
「申し訳ないが、最近の君のことを調べさせてもらった」
「調べる……?」
次から次へと西園寺さんから吐き出される言葉に、理解が追いつかない。
「父親が亡くなって音大をやめた。母親と2人で暮らし、そこのイタリアンレストランで働いている。そして、今は恋人はいない。頼れる親族もいない」
「どうして、調べたりなんか? 病院で会った日に、直接聞いてくれればよかった――」
「俺は、自分で調べたことと自分の目で見たものしか信じない」
冷淡な眼差しに、言葉を失う。
「母親は、君にとって唯一の家族だ。母親を助けるためなら何でもできるだろ? それが、たとえ好きでもない男との結婚でも」
「……え?」
――好きでもない男。
それは、一体どういう意味――?
「でも――安心していい。君に心まで求めようとは思っていない。俺も、君には一切感情は残っていない。この結婚に感情を介在させるつもりはない」
”俺も、君には一切感情は残っていない”
その言葉が、私の胸を鋭く突き刺した。
別に、今でも愛していて欲しいなんて思っていなかった。結婚して、幸せでいてくれたらいいと思っていたはずだった。でも過去のあの時間は、あの時のままで優しいものとして残しておきたかった。それが今、がらがらと壊れ落ちて行く。
「そ、それで、西園寺さんは幸せになれるんですか。そんなことに、何の意味があるの……?」
こんなところで感情を露わにしたくない。それなのに、この唇は震えてしまう。