囚われのシンデレラ【完結】
またも大量の課題を出されて帰宅した。
一週間後には、ソコロフ先生のレッスンが待っている。今度は、少しはましになっていると思ってもらいたい。
見捨てられないようにしたい――!
どんなに長い曲でも、どんなに単純なエチュードでも、一音一音の質を追求する。
そんなことを毎日続けていたら、何かが変わった瞬間が訪れた。それはほんのわずかな変化だけれど、確かな変化。
バイオリンを構え、弓を持ったまま動きを止める。そして、その感覚を忘れないように、もう一度弓を引く。
この音――。
「……あずさの音に、なんだか懐かしさを感じるようになった」
「え……っ?」
突然聞こえた声に手を止めた。
「西園寺さん!」
いつ仕事から帰って来ていたのだろうか。リビングダイニングのドアのところに立ち、こちらを見ていた。
「あの頃の音に、戻って来た?」
「そ、そうですか?」
聴かれていたのかと思うと、少し恥ずかしい。
「懐かしいと思ったから。感覚的に」
「7年も前なのに」
そう言って笑うと、「未だにちゃんと覚えてる」と真面目な顔で西園寺さんが言った。
「2週間前の音と全然違う。頑張ってる証拠だな」
毎日、家の中で弾きまくっている。夜は西園寺さんにも聴かれてしまっているだろう。
迷惑かもしれないと思ったりもした。でも、西園寺さんがどこか嬉しそうだ。
「もっと頑張りますよ。西園寺さんを感動させて泣かせるの。それを最初の目標にします」
私がバイオリンを頑張れば、西園寺さんをもっと笑顔にすることが出来るような気がして。
「もう何年も泣いたことなんてないからな。それは大変な目標かもしれないぞ?」
「大変な目標ほど挑戦し甲斐があるというものです」
「あずさらしいな」
西園寺さんが笑った。
ソコロフ先生の2回目のレッスンも酷いものではあったけれど、悲惨とまでは行かなかった。
初回とは違って、曲を最後まで弾かせてくれたのだ。それだけと言えば悲しいけれど、進歩は進歩だ。