囚われのシンデレラ【完結】
「あなたは、確かに戸籍上は妻なのかもしれない。でも、実質的には、妻としての意味をまったく持っていない。そうではないですか?」
「……何が言いたいんですか?」
もともとの顔立ちが優しげだからこそ、冷たい表情が恐ろしくもあった。
「ここに来るまでにたくさんの社員とすれ違いましたが、誰もあなたが西園寺常務の奥様だと知らない。それだけじゃない。私は常務の秘書であり長年の親友だ。そんな私にすら、あなたを会わせようともしない。それは一体、どういうことでしょうね」
「そ、それは……」
それは、普通の結婚ではないから。互いの利害が一致した契約だから――。
「あなたは気付いていますか? 常務が指輪をしていないこと」
指輪――結婚指輪。
そう言われて思い返す。そう言えば、西園寺さんの指に、指輪はない。
西園寺さんに物理的に近付く機会は多くない。これまで西園寺さんの指に注意したことなどなかった。
「それから、配偶者同伴のホテル業界のパーティー。なぜ、あなたを出席させなかったのでしょう」
「え……っ? パーティーは、もう終わったんですか?」
驚きのあまり声を上げてしまう。
「ええ。今日が何日だと思っているんですか。月末ですよ。もうとっくに終わっています。常務は、おひとりで出席されました」
だって、ドレス―ー。
そうだ。ドレスだって、わざわざ準備してくれたのだ。
「常務は、結婚したことをアナウンスしていない。社内外でも広く顔を知られているセンチュリーの次期トップという立場にありながらです。それはつまり、あなたが妻だということを公にはしたくないという意思の表われではないでしょうか。ああいう立場の人間なら、結婚だってプライベートというわけにはいかない。大々的に披露宴をするものですよ?」
誰にも知らせていない――。
そう言えば、家族とも付き合う必要はないと言った。
私が西園寺さんの妻だということを、誰にも知らせたくない――?
「それは――この結婚を長引かせようとは思っていないから」
え――?
「あなたたちの結婚、何かがおかしいと思った。でも、最近なんとなく分かって来ました。あなたとの結婚は、何か愛情とは関係ない理由があるんだろうと。それが何かは知らないが、常務はこの先、真っ当な結婚をしようと考えているんでしょう。だからあなたとの結婚は秘密にしておきたい」
そんなはずはない。西園寺さんは、この先、縁談を受けたくないから私と結婚すると言ったのだ。
だから、たとえ愛がなくても、このまま西園寺さんの奥さんでいられるのだと何の疑問も思わずにいた。
「あなたと結婚してから、常務の帰りはいつも遅いのではないですか?」
動揺する心のまま、斎藤さんを見つめる。
「それは、常務が他の女性と会っているからです。その方は、センチュリーにとっても常務にとっても申し分のない方だ。あなたは相応しくないのです。それを、ぜひ頭の片隅に置いていていただきたい――」
他の女性――。
西園寺さんが言っていた縁談相手の方だろうか。
その人と、今も、会っている――。
どうしてこんなに心が痛くなるのだろう。
最初からこの結婚に愛はないと言われているのだから、西園寺さんが外で何をしようと私は何も言える立場にはない。
そう、頭では分かっている。
なのに、どうしても、嫌だと思ってしまう。
そんな自分に苦しくなる。