囚われのシンデレラ【完結】
「――まず、あずさが俺に釣り合わないという話だが」
西園寺さんが口を開いた。
「そんなの今更だろ。7年前、俺があずさを好きになったんだ。釣り合うとか釣り合わないとか、そんなことを考えるまでもなく、あずさだから好きになった。それがすべてだった」
鋭い刃物みたいに、その言葉が私を貫く。
確かにあった、私を心から愛してくれていた日々。そして、それは全部過ぎ去って戻らない日々のこと――。
胸を突き刺して、苦しくて鼻の奥がじんじんとして何かを押し上げて来る。
「そんな議論は7年前に終わっていることだ。確かに、君との結婚は大々的に発表したりはしていないが、それはそんな理由からじゃない。考えがあってしていることだ。決して、君の悪いようにはしない。それだけは信じてくれ」
「……ドレスは、どうして買ってくれたんですか?」
もう西園寺さんの顔を見ていられなくて俯く。
「ああ……」
私の質問に、西園寺さんが大きく息を吐いた。
「パーティーのことだな。俺の両親も出席することになっていたのをすっかり忘れていたんだ。後からそれに気付いて、君を連れて行くのはやめた。会ったところで嫌な思いをするだけだからな。ただそれだけのことだ」
どこか、困ったようにそう言った。
「そう、ですか……」
「それから、俺が会っているとかいう女の話だが――」
無意識のうちに身構えてしまう。
「君の言う通り、縁談相手だ。一度だけ、食事をした」
はっきりと告げられた言葉に、思わず顔を上げる。
「俺は、この縁談を断るために君と結婚すると言った。だから、隠さずに話そう。それが契約で結婚までした君に対する責任だな」
西園寺さんは、膝の上に腕を置き手を握り合わせる。そして私の方を見た。
「はっきり言うと、完全に終わったとは言えない。理解不能なのだが、結婚していると言っても先方が聞く耳を持たない。でもそれは、俺が解決する問題だ。君が気にすることじゃない。君は十分、契約上の義務を果たしてくれている」
「でも、現にその縁談話が終わっていないのなら、私の存在は意味がないのでは?」
「意味ならある。俺たちは、社会的にも法的にも何の問題もない夫婦だ。紙切れ一枚だが、その効力は絶対だ。相手が何を言おうと、結局はどうすることもできない。それで十分だろう」
この想いは、いつもいつも行き場を失くす。きっと、ゴールなんてないのだ。
「あずさ」
「……はい」
ひりひりとする胸の痛みをこらえていると、西園寺さんが私の名前を呼んだ。
「俺に対して引け目なんて感じるな。君と俺は対等の関係だ」
その目が、真っ直ぐに私を見る。
「……それに、俺にとってあずさは凄い女性だよ」
「凄い……?」
その言葉があまりにも意外なもので、聞き返してしまった。
「ああ、そうだ。出会った時からずっと、俺はあずさのことを凄いと思ってる。自分の中に、絶対に譲れない一本の強い芯がある。辛い環境でも苦しくて倒れても必ず起き上がって、自分の置かれている環境を受け入れ、前を見ることのできる強い人だと思ってる」
西園寺さん――。
「誰に何を言われても気にするな。気にする必要もない。自分に自信を持て」
「そんなに立派な人間じゃないですけど……でも、ありがとうございます」
私は、そんなに強くないです――。
本当の私は、今にも崩れ落ちそうだ。