囚われのシンデレラ【完結】
どうしても寝付けなくて、深夜、キッチンへと向かった。電気をつけずリビングから漏れ出る月明かりだけを頼りに、グラスに水を注ぎ飲み干す。
「――あずさ?」
薄暗く静けさで満ちているキッチンに突然声がして、驚きのあまりグラスを床に落としてしまった。
「大丈夫か?」
「す、すみませんっ」
慌てて床に落ちたグラスを拾おうとすると、私の元に駆け寄り同じようにグラスを拾おうとした西園寺さんの腕にぶつかってしまう。
「あ……っ、すまない」
近付いた身体が、勢いよく私から離れて行った。
「い、いえ。私の方こそ」
少し触れるのも躊躇われてしまう、そんな関係だと認識させられる。
「……割れなくて良かった」
そう言って、西園寺さんが拾ったグラスをキッチンに置いた。
「こんな時間にどうした。眠れないのか?」
まだそこにある気配に、身体は勝手に緊張する。
「……はい。それで、水でも飲もうと思って」
「そうか」
少し距離をあけて、二人並んでシステムキッチンにもたれて立つ。薄暗さに目が慣れて、視界がはっきりとした。
「西園寺さんは?」
「喉が渇いたから」
そう言って冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出すと、また同じ場所に立った。
もう少し、ここにいてくれるのかな――。
そのまま部屋に戻らなかった西園寺さんに、心の奥でホッとしている自分がいる。薄暗いから、物理的な距離はあってもいつもより近くにいる気がして。ぽつりと言葉を漏らしていた。
「――今日、西園寺さんをテレビで観ました。凄いですね、テレビに出るなんて」
「ああ……、あれを観たのか」
「はい。自分の知っている人がテレビに出ているなんて初めての経験で、びっくりしました」
「本当は、テレビになんて出たくはなかったが、広報にどうしてもと言われて。まあでも、広告塔でもなんでも、それでホテルの利益になるなら何でもやるさ」
ミネラルウォーターを口にして、西園寺さんがふっと息を吐いた。
今は、深夜だ。西園寺さんは、部屋着で、髪形もかなりラフなもので。スーツ姿じゃない西園寺さんは、何だか私だけが知る特別なもののような気がして、それはそれでまたドキドキとする。
「イメージアップ間違いなしですよ。対談していた女子アナが、西園寺さんのことを素敵だって言ってました。テレビの影響力はきっと凄いんでしょうから、あんなにかっこいい人がいるホテルなら行ってみようかなって思うかも」
色めきだっていた女子アナウンサーも、さすがに華やかで綺麗な人だった。
「かっこいい……か。俺はそんなことを一度も思ったことはないよ。むしろ、俺に男としての魅力がもっとあったら良かったのにと思ったことはあるけどな」
そう言って西園寺さんが笑う。
「西園寺さんは素敵な男性ですよ。誰が見たってそう思う」
「それは、どうも。でも、全部、俺の後ろにある肩書を見てのことだろう。まあ、どちらにしてもどうでもいいことだ。それより、もう眠れそうか?」
そんな風に、何もかもを吹っ切ったように、優しい声を出さないで――。
「い、いえ。まだ、眠れそうもありません」
やるせない気持ちが、そう答えさせていた。
「……だったら、一曲、何か弾いてくれないか?」
驚いて、西園寺さんの顔を見てしまう。
「あずさのバイオリンを聴いたら、俺もぐっすり眠れるかもしれない」
「――分かりました」
その言葉に頷く。