囚われのシンデレラ【完結】

 私たちの住む部屋にたどり着き、玄関のドアが閉じたと同時に一気に視界は薄暗くなる。

「――あずさ、着いたぞ。ほら、靴を脱いで……」

身体を下ろされて床に座り込む。そして、西園寺さんの身体が離れて行こうとした時、西園寺さんの首に絡めていた腕に衝動的に力を込めていた。

「あずさ……?」

子供みたいにしがみつく私の背中を、西園寺さんがぎこちなく撫でる。半ばむきになって腕に力を込め続けた。素に戻ったつもりでも、昂る感情は加速してコントロールできない。

「そんなに酔うまで飲んで、どうしたんだ? 何かあったのか?」

背中に感じる手のひらの動きが止まる。

「……辛いのか? 本当は、毎日、辛い?」

西園寺さんの声のトーンが変わる。その声が、音と振動で私を揺さぶる。

だから、もうほとんど衝動のように西園寺さんの胸に顔を埋めていた。バイオリンと、私のバッグが床の上で傾く音がする。

「……つらい、です。つらくて、しかたありません」

懸命に広い背中に腕を回し、手のひらでその背中を掴む。

「苦しいんです」

辛いなんて思うのは罰当たりだって、さっき思ったくせに。苦しくて、結局、漏れ出てしまった。

「西園寺さんのそばにいると、胸が苦しくて。どうしようもなくなる――」
「あずさ……」

ただ一方的に西園寺さんにしがみついていた身体が、突然きつく抱きしめられた。

「そうだよな。こんな生活、辛いに決まってる。ごめん」

西園寺さんが私を抱きしめてくれている。

「いつも明るく振舞っていても、本当は苦しいだろうって分かってるんだ。ごめんな」

なぜか、何度もごめんと言う。

「いくら、何不自由のない生活をさせても、物を与えてもそれであずさの心が楽になるわけじゃない。そんな当たり前のこと、分かっていたつもりだけど、俺にはこうすることしかできなかった」

その苦しそうな声が、広い玄関にこだまするみたいに私の鼓膜を揺らす。

「あと少し……あと少しだからな」

私の身体をすっぽりと覆うように抱きしめ、子供をなだめるみたいな優しい声が震える。

 その胸の鼓動を、西園寺さんの体温を、もっと感じたくて必死に顔を胸に押し付けた。離れたくないという本能みたいなものが、身体中から込み上げる。

 離さないでいてくれた西園寺さんの胸が温かくて。その中にずっといたいと、まともに機能していない頭の中はただそれしか考えられなかった。

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