囚われのシンデレラ【完結】
どうしてあの手を振り払えなかったのか――。
『――誰でもいいんですよね。だったら私を抱いてください』
まさか、あずさがあんなことを言うとは思いもしなかった。どんな気持ちで言ったのか分かりもしないのに、抱きしめずにはいられなかった。
触れ合う間ずっと、苦しそうな顔をしていた。
あんな顔をさせているのは、間違いなく俺なのに。抱いた後、眠るあずさの頬に付いていた涙の跡に、胸が激しく痛んだ。
7年だ。俺は、もっと割り切れているのだと思っていた。でも、そんなの、呆れるほどに大きな間違いだった。
あずさに触れるのを躊躇ったのも、ちゃんと見ることができなかったのも、一つきっかけがあれば懸命に築いて来た何かが崩れてしまう予感があったからなのかもしれない。
なのに、あの夜だけは、どうしても正気ではいられなかった。
仕事の後に、浴びるように酒を飲んで。飲んでも飲んでも酔いが回るだけで、怒りも葛藤も惨めさも消えてはくれなかった。
そうなってしまう時点で、あずさのことは過去になんかなっていなかったのだと思い知る。
あの日、俺のところに加藤柊が乗り込んで来た。あの男と相対するのは、7年ぶり、二度目のことだった。
*
年の瀬押し迫ったあの日、社の受付から内線電話が掛かって来たのは、ちょうど外出先から戻って来た時だった。
あの男が俺を訪ねて来る理由なんて一つだ。穏やかな会話になるはずもない。経営企画部から一番遠く離れた場所の2階にある応接室を一室押さえ、そこに案内するように伝えた。
「――何の用ですか?」
応接室の扉が開き、加藤という男が現れる。
受付の人間が立ち去った後、男に向き合い淡々とそう尋ねた。
「何の用かじゃねーだろ。いまさら現れてあずさと結婚だなんて、一体どういうつもりだ!」
あずさから結婚の事実を聞いて、死にもの狂いで俺の居場所を探した――そんなところだろう。
7年前の学生だった頃とは違い社会人になっているというのに、目の前の男に余裕はまったく感じられない。
「彼女は、今はあなたの物でもなんでもないでしょう。とやかく言われる筋合いはない」
「なんだと……?」
今にも飛び掛かって来そうなその男が、自分の手をきつく握り締めているのに気付く。
「――少なくとも今は交際関係にはない。そうではないですか?」
あずさと病院の前で7年ぶりに再会した後、あずさのことを調べた。
時間がなくて調べられることには限界があったが、現時点であずさは結婚しておらず恋人もないという調査結果が出ていた。
「どうしてそんなことが言いきれる? あずさがおまえのせいでどれだけ苦しんでいるのか分かってるのか? 何を言って無理やり結婚なんかさせたんだ! あずさが泣いてるんだよ」
一歩近づき、激しく揺れるその男の目をじろりと睨みつける。
「今でもあずさはあなたと関係が続いていると、そう言いたいんですか?」
「そうだよ」
「彼女がそんな女ではないことはあなたが一番知っているのでは? あずさは、気持ちはどうであれ俺と結婚することを決めた。ただの交際じゃない、結婚だ。覚悟を決めた以上、そんな中途半端なことはしない。すべてを断ち切って、俺の元に来たはずだ」
7年前、同じようにこの男が俺の元に乗り込んで来た。
『俺の女に手を出しやがって』
最初、その下世話な台詞が自分のことだとは理解できなかった。