囚われのシンデレラ【完結】

 この男のことは知っていた。

 初めてこの男を見たのは、センチュリーホテルのラウンジだった。あずさを連れ出した時、すぐそばにいたこの男のあの目――あれは、ただ驚いただけの目ではなかった。

 そして、次に見かけたのはあずさの家の前。心が落ち着かなくて、思わずあずさに聞いてしまったのだ。『隣の家に住んでいるから』だと聞いて、安堵したのと同時に気が気じゃなかった。

 その次に見かけたのが、あずさのサロンコンサートの日。

 見かけるたびに不安になっても、この男が密かにあずさを想っているだけだと思っていた。そんな男が”幼馴染”だなんて立場であずさの近くにいるのが、本当は嫌で嫌でたまらなかった。

『俺がいながらあんたと関わってしまったことに、あずさは苦しんでる。あいつはそんな器用な女じゃない。俺はあずさを許すつもりだ。もうあずさはあんたには会わないと言っている。だから、俺が話をつけに来た』

この男の口が吐き出す言葉が、どこか異国のものにさえ思えた。

『俺がここに来ることは、あいつには言っていない。頼む、このままあずさから離れてくれ。あんたはあんたの世界に合った女と一緒になれよ。それがみんなが幸せになれる道だ』

7年前の光景が頭にちらつく中、目の前にいる男を見据える。

「――加藤さんが俺に何かを言える立場にありますか? あれから7年も経って、どうして結婚していなかった? あなたは一体、これまで何をしていたんだ」

あずさと別れてから、世界各地を渡り歩いた。センチュリーとは関係ないホテルに就職し、何もかもを忘れるためにがむしゃらに働いた。

そんな中で、
モスクワで働いた時、密かにモスクワの音楽院を訪ねた。モスクワだけではない。訪れた国にある音楽院という音楽院を回った。

いつか留学したいと言っていたあずさが、夢を叶えてバイオリンを弾いている姿をただ一目見られればそれでよかった。

 でも、そのどこにもあずさはいなかった。

 4年に一度のチャイコフスキー国際コンクールが開催された年は、エントリーしていた人間のリストを見た。そこにもあずさの名前はなかった。

< 199 / 365 >

この作品をシェア

pagetop