囚われのシンデレラ【完結】
「他の友人たちみたいに思う存分練習ができないことを、『仕方がない』と自分に言い聞かせて来ました。でも、仕方がないと言って自分を正当化しても、その結果が返って来るのは結局自分で。実力をつけられないのも自分、Aオケに入れなかったのも自分……それで、いいはずなんてない」
大学に入学してからの一年、本当はずっと怖かったのかもしれない。自分のしていることが、本当に正しいのか。大丈夫なのか。考えるのが怖かった。
奏音にも言えなかった。ましてや両親にも言えない、心の奥底に常にあって消えない葛藤。それなのに、一度言葉にしてしまったら、とめどなく溢れて来た。
「どれだけ理由を並べても、自分を納得させるために正当化する材料を集めても、実力だけは誤魔化されてくれない。今日、オケの選抜メンバーから落ちたことを知りました。その結果がすべてなんです」
本当は、どこかで吐き出したいと思っていたのか。何の関係もないこの人の前で、どうしてこんなことを吐き出してしまったのか。そう思ったところで、もう吐き出してしまった後だった。
春のまだ冷たさの残る夜風が、私のおくれ毛を激しく揺らす。
「――一つ聞いていい?」
ずっと黙って聞いていたその人が、ガードレールに腰を預けて口を開く。
「十分な練習が出来るような状況じゃないのに、バイオリンを続けているのはどうしてだ? ましてや趣味ではない。音大にまで通ってバイオリンを弾く理由は? それってどういう感覚なのかっていう単純な疑問」
一歩間違えたら、とても嫌味な言葉にも取れるかもしれない。この人は、何不自由なく、望めば大抵のことは思いのままになる環境にいる人だろう。でもなぜか、今度はその問いに怒りは感じなかった。
「――好き、なんです」
苦しさの中漏れ出た言葉は、ただ心にある単純すぎる答えだった。
背後には人ごみの雑踏が、目の前にはたくさんの車が行き交う音が絶え間なくあった。
「小さい時、たまたま両親と行ったショッピングモールでバイオリンの生演奏を聴いて。一瞬にしてバイオリンの音が好きになりました。自分も弾いてみたい。最初はそんな理由から始めたんです。弾けば弾くほど好きになって、それと同じくらい打ちのめされる。追い求める理想の音と自分の音があまりにかけ離れていて、だからこそ手に入れたくなる」
たどり着けないからこそ、やめられなくて。もしかしたら、たどり着くことなんて一生ないのかもしれないのに、それでも追い求めたいと思ってしまう。
「私が奏でたいと思う音を、一人でも多くの人に聴いてもらいたい。そのためにも国際コンクールに挑戦したいんです。そしていつか、どんな小さなホールでもいい、私のリサイタルを開きたい。私の演奏を聴いてほしいって思う」
後ろだても資金もない人間は、世間に認められなければまともな演奏活動は出来ない。その手段の一つが国際コンクールだ。
「――でも。たった一人でも、誰かの心を揺さぶることができたら。誰かの記憶に残る演奏が出来たら――その瞬間を味わいたくて、生きている気がするんです!」
バイオリンの音は、人の声に近いと言われている。身体全体を使って奏で、その一音一音に魂を込める。命と心を注入するように。
だからこそ、耳じゃなく心に私の音を届けたい。誰かの心を震わせたい――って、一体、私は何を言っているのだ!
話しているうちに勝手にヒートアップしてしまっていた。いくらなんでも熱くなり過ぎた。
「す、すみませんっ。一人で勝手に興奮して。こんな話、聞かされても困りますよね」
絶対、呆れてる。引いているに決まってる――。
怖くて表情を確認できない。俯いたまま、『すみません』と頭を下げる。
「……そういうのを、”情熱”って言うんだろうな」
「え……?」
その言葉に、おそるおそる顔を上げる。そこにあったのは、引いているのでも呆れているのでもない、どこかぎこちないけれど確かに笑みだった。