囚われのシンデレラ【完結】


 あずさと過ごす日々の中で、自分を抑えるのを難しくなって来ているのが分かる。

 あずさに、深夜にバイオリンを弾いてくれと言った時。バイオリンを弾くあずさの姿を見ていたら、7年前にいるかのような錯覚に陥って。何もかも忘れてあずさを抱きしめてしまいそうになった。

 あずさをこんなところに縛り付けているのは俺なのに、最近では自分に都合の良いことを考えてしまいそうになる始末だ。

『あずささん、いろいろ悩んでいるみたいですよ。話を聞いてあげてくださいね』

木藤さんから連絡があって迎えに行った時、そう言われた。

『たまにはきちんと想いを言葉にした方がいいですよ? 大切な人に寂しい想いをさせるのは西園寺さんも本望じゃないでしょ?』

寂しい――か。

あずさが寂しさを抱えているのも無理はない。

 薄暗い廊下の明かりを点け、キッチンへと向かう。その途中で、玄関先に置きっぱなしになっていたあずさのバッグとバイオリンケースが目に入る。
 あずさの部屋に持って行こうと、そこへと足を向けた。

 ケースの隣に投げ出されたバッグ。バッグから、一つの綺麗に包装されている箱が飛び出ていた。ブラウンのリボンがかけられ、箱の裏に貼られていた製品シールに『チョコレート』と書かれていた。数日前に社で秘書室の女子社員たちからチョコレートをもらったことを思い出す。

バレンタインデー……。

あずさも誰かに渡そうとしていたのか。でも、14日はとっくに過ぎている。

ここにあるということは渡せなかったということ――。

もしも”妻”として俺へ渡そうとした物なら、毎日顔を合せているのだから既に渡しているはずだ。

ということは、渡したくても渡せない相手――。

一人の男の顔が浮かんで頭を振る。

正月にも、あずさのアパートの二階から階段を下りて来るのを見かけた。あずさの部屋にあの男がいた。

 あずさは、あの男と会うたび何を思うのだろう。

 調査では、現在はあの二人に交際している気配はないとあった。でも、調査も100%の真実を保証しているわけでもない。それでも強引に結婚に持ち込んだのは俺だ。

”寂しい”

まさに、今のあずさの思いかもしれない。

 この身体に生々しく残る、あずさのきつく回された腕の感触。あれは、まさにあずさの悲痛な叫びだ。

まだ、あと少し。もう少しだけ時間をくれ――。

俺にはまだやるべきことがある。胸の痛みを追いやり、転がっていた箱をそっとバッグへと入れる。

< 201 / 365 >

この作品をシェア

pagetop