囚われのシンデレラ【完結】
「常務、おはようございます」
エントランスに行くと、いつものように既に細田さんが車の前に立っていた。
「おはようございます」
後部座席に乗り込むと、細田さんがすぐに運転席に戻り車を発進させる。
「まだまだ気温は低いですけど、確実に春が近づいてますね」
その言葉に、開いたばかりの新聞から視線を窓の外に向けた。澄んだ青空が眩しい。
「もう三月ですからね……」
あずさに出会ったのも三月だ。
いつも何気なく見やっていた空の青さが、何故かこの日は目に染みて。遠い昔のことが思い出されてしまう。
笑う時は思い切り笑って、恥ずかしいとすぐに赤くなって俯いて、悔しいことや哀しいことがあると涙を流した。でも、すぐに前を向いて走り出す無邪気で純粋な人。
それなのに、一たびバイオリンを手にすれば人が変わったように、到底近付けないようなオーラを発する――。
そんな、全身で生きていることを表しているようなあずさが、愛おしくてたまらなかった。
あんなにも誰かを焦がれるほどに想ったことは、後にも先にもない。
考えてみれば、あの頃の俺はただただ大人ぶっていた気がする。あずさの夢を邪魔したくなくて、物分かりのいい大人のふりをしていた。
会える時間は限られ、夜になれば帰って行く。それがどうしようもなく寂しかったけれど、何よりひたすらに夢を見つめていたキラキラとした眼差しが眩しくてたまらなかった。そんなあずさを見ているのが結局は好きだった。
あずさの夢の手助けをしたい――。
すぐにそう思うようになった。
でも、ただの恋人の立場で直接的な援助をするわけにはいかない。それが歯がゆくて仕方がなかった。
だったら――。
思いついたのが結婚だった。
でも相手は大学2年生の女の子で、結婚なんて考えもしない年齢だ。人生を決めさせるようなことを言って、困惑するあずさを見るのが怖かった。
でも、いつか――そう思いながらあずさのそばにいた。