囚われのシンデレラ【完結】
現実は変えられない。なら、やり方を変える。時間がないなら、今よりもっと質を上げる練習を。
――手に入れたくて、弾き続けるんだろう?
そうだ。
現実や目の前にある結果に、どれだけ嘆いてみても、私の中に、”バイオリンをやめる”という選択肢だけはない。
弦を滑る弓の感触。手首、身体、全ての微妙なバランスで音は狂い、濁る。身体の末端まで、神経を研ぎ澄ませる。
大学の狭い練習室に、自分の音だけが響く。自分は自分でしかない。
それから、ホテルで何度かあの人と顔を合せた。特別言葉を交わす時間はなかったけれど、あの人は会うと必ず私にだけ分かるように唇を動かす。
”がんばれよ”
それを見て、私は大きく頷いた。たったそれだけの些細なやり取り。でも、それだけで力をもらえた。
この日、珍しくその人が私に直接声を掛けて来た。
「――今度、コンビニのバイトがない日はいつ?」
演奏を終えて、コンビニ向かおうとしていたところだった。
「……明日、ですけど――」
「だったら明日、前と同じ、あの庭で昼飯食べる?」
「え、ええ」
矢継ぎ早に質問されて、驚きつつも答える。
「分かった。足止めして悪かった。じゃあ」
「え、え……?」
そうかと思ったら、あっという間に行ってしまった。その背中を視線で追うと、あのお友だちが駆け寄っていた。
「どこ、行ってたんだ?」
「別にいいだろ。さあ、もう休憩時間も終わりだろ。行くぞ」
「お、おい、よしたか――」
さっさと行ってしまったよしたかさんの後をお友だちが追いかけて行く。
私も、急がないと――。
腕時計を見て、私も走り出した。