囚われのシンデレラ【完結】
あの日、柊ちゃんがマンションに現れて、どうしてここにいるのかと心臓が止まりそうになった。
母のところから帰って来て、マンションのエントランスをくぐろうとしたその時呼び止められたのだ。
『あずさが帰るのをつけて来たんだ』
いくらなんでも――。
『柊ちゃんは、そんなことをする人じゃ、なかった――っ』
私の知っている柊ちゃんは、不器用なところもあるけど、裏表のない明るさを持った優しい男の子だった。そんな、こそこそとするような人ではなかった。
『あずさが俺のことを好きにならないことは、この前のあずさの言葉で分かってる。俺のものになれとか、そんなこと言うつもりない。でも、あずさをここにも置いておけない』
柊ちゃんが立ち竦む私の腕を掴んだ。
『や、やめて……っ』
『西園寺の奴、おまえと結婚していながら、いいとこの娘との縁談が進んでるらしいじゃねーか。おまえ、それ知ってんの? どうせ捨てられるんだよ。結婚までして、あずさを傷ものにするつもりなんだよ!』
柊ちゃんの言葉に耳を疑う。
『……どうして、そんな話を柊ちゃんが知ってるの?』
『そんなことは問題じゃない』
『教えて』
柊ちゃんに詰め寄った。
『俺の取引先から、噂でたまたま耳にしたんだよ。誰も、西園寺が結婚していることなんて知らない。おかしいことだらけだ。いい加減目を覚ませ。捨てられる前に、こんなところ出るんだ』
その手が強く私を引っ張る。その狂気じみた手の強さに混乱した。
その話は、西園寺さんから聞いている。西園寺さんの言葉を信じている。
でも、
まだ縁談話は解決していなかった――。
『私はここから出て行ったりしない。お願い。もう、私のことは放っておいて』
自動ドアをくぐりエントランスの中へと逃げた。ドアが閉じてしまえば、オートロックになっているからもう入っては来れない。
激しくなる鼓動を抑え、そこに置かれていたソファに座り込んだ。
柊ちゃんのあの目――。
まるで何かに乗っ取られたみたいに、知らない人のような目で。
どうして、あんな風になってしまったのか――。
胸をぎゅっと握り目を閉じた。