囚われのシンデレラ【完結】
同じコンサートを聴きに来たお客さんたちの人の波を掻き分け、ホールへと急ぐ。既にたくさんの人でごった返すホール前の広場で、西園寺さんの姿を探した。
あ、いた――。
ホール出入口から少し離れた場所、壁に沿うようにして立つ。ここから、その姿をじっと見つめた。
紺色に水玉のネクタイが、スーツに映える。すらりとした姿は、それだけでその場を華やかにする。
でも、俯いているせいで表情は分からない。
今、何を思っているのだろう――。
その姿がとても遠く感じて駆け出した。
「西園寺さん、お待たせしました」
「あ、ああ……」
私の声に、すぐに顔を上げてくれた。
何故か、そのまま私を見て無言でいる。
「あの……?」
「あ、いや。今日、なんだかいつもと雰囲気が違うと思って。髪型のせいかな」
そう言って、西園寺さんがぎこちなく笑った。
「そうかもしれません」
いつもは一つに縛っている髪を、この日は背中まで下ろして来た。トレンチコートの中には、滅多に着ないワンピース。綺麗に見せたくて着てきたのに、いざとなると恥ずかしい。我ながら、何をしているんだろうと思う。
「じゃあ、行くか」
「はい」
歩き出した広い背中の後を追う。
ここには、二人で一度来たことがある。演目は、あの日と同じ、チャイコフスキーのバイオリンコンチェルト。西園寺さんは、覚えているだろうか。
大ホールには、ほぼ満員の聴衆がいた。日本で一番大きなオーケストラに、ソリストは女性の日本人バイオリニスト。
客席中央の席に、西園寺さんと並んで座った。
「あずさの好きだった、チャイコフスキーだな」
「はい」
「最近、この曲は弾いてるのか?」
「ソコロフ先生にそろそろ課題に出すと言われています。でも、もう自分の中では思い出レベルなんで、まったく自信ないんですけど……」
そう言って苦笑する。
超大曲だ。
二十歳の私がすべてをかけて練習した曲。憧れて憧れてやまなかった、大好きな曲――。
なんだろう。無意識のうちに、心がざわざわとし出す。
ずっと、コンチェルトのコンサートに行くことだけは避けて来た。
でも、もう大丈夫なはずだ。ちゃんと、思い出に出来ている。大好きな曲をこうして生で聴けるのだ。
オーケストラの団員たちが舞台に入って来る。そして、指揮者とソリストが遅れて現れて、拍手が沸き上がった。
目の前にある光景が、私の固く封印した過去をフラッシュバックさせる。