囚われのシンデレラ【完結】
「――悪かった。変な話を聞かせてしまって」
「い、いえ……」
なんだろう。さっきまでと、この心持ちが全然違う。
「今回もこの前も、あいつがほとんど面識もない君に俺の家の話をしたりしたのは、俺のことを考えてのことなんだ。俺の立場から、条件目当てに寄って来る女がいるって、遥人は常に警戒していて。それで、ああやって最初に俺のこと知らせて、その後どう出るか試してるんだ」
「試す……?」
西園寺さんが大きく溜息を吐く。
「ああ。俺がこのホテルの創業家の息子だって敢えて伝えて、それで目の色を変えて接触して来るかどうかを試す――」
「そんな……っ」
私の中に、そんな気持ちは微塵もない。
「そういう女がいることも確かで。だからと言って、皆が皆そういう人間じゃないことも分かってる。だれかれ構わず試すようなことをするのは間違ってるし、失礼なことだ。現に、君はそんな人間じゃないからな。俺のことなんかより、常に時間ばかり気にしてる」
そう言って笑う西園寺さんに、胸の奥の何かが刺激される。心の中の触れたことのない場所を、探り当てるみたいに。
「あいつにもう二度と余計ことは言わせないから。気を悪くしないでくれ」
「気を悪くなんて、しないです。斎藤さんは、本当に友人思いの方なんですね」
私は忘れていた。この人は、普通の人じゃない。何も考えずに関われる人じゃなかった。
いつの間にか、西園寺さんと顔を合せるのを心待ちにしてはいなかったか。
いつの間にか、西園寺さんとのささやかなやり取りに、嬉しさを感じていなかったか――。
距離が近付くことを喜んでいい相手じゃない。そのことを、斎藤さんが暗に私に伝えて来た。そういうことなのだろう。
「付き合いが長い分、俺のこともずっと見て来ているからな。少し、心配性なくらいだ」
「私みたいな人間にはよく分からないけど。きっと、普通の人なら考えなくていいことも考えなくちゃいけないんですね。立場それぞれに、苦労の種類が違うだけで、苦労がないわけじゃないんだ……じゃあ、私、もう行きます」
「え――っ?」
脚の上にあるお弁当箱を慌てて片付ける。
「これから、練習だから」
「あ、ああ……そうだよな」
どうしてだろう。もう、西園寺さんの顔を見られない。手のひらに汗を感じて、ぎゅっと握りしめる。
「じゃあ、失礼します」
肩にケースを背負い、ベンチから離れた。
「またな!」
背中の向こうから聞こえた西園寺さんの声に立ち止まる。一瞬躊躇い、振り向く。おそらくぎこちないであろう笑みを作り会釈した。
逃げ出すように裏庭を駆けて行く。一刻も早くそこから離れたかった。
「あずさ……っ」
私を引き留めるように、突然強く腕を引かれる。反動のように見上げると、そこにいたのは柊ちゃんだった。