囚われのシンデレラ【完結】
「帰りは自分で帰りますので。ありがとうございました」
病院に到着して、そう細田さんに告げて車を降りようとした。
「気持をしっかりお持ちください。何が起ころうとも、ご自分の信念を曲げてはなりません。大丈夫です。常務は間違いを犯したりはしません」
細田さんは分かっているのだ。
こういう時、誰かが根拠もなくそう言いきってくれることが心を強くしてくれることを。
その言葉に頷き、車を後にする。
救命救急センターに向かうと、処置室の前でうろうろとしている人の姿が見えた。
「漆原さん――」
「……き、貴様――っ」
俺の姿に気付いた漆原会長が目を見開き向かって来た。
「よくも、よくも……娘をこんな目に!」
その手が胸倉を引き裂くように掴み、声を張り上げた。
「大量の薬を飲んで自殺を図った。まだ、危ない状況が続いている。このままま、意識を戻さなかったら――。全部、おまえたちのせいだぞ!」
危ない状況を脱していないという事実に、打ちのめされる。
「公香は、本当に死のうとしたんだ。昨日、突然出掛けて行って、帰って来るなりもう大丈夫って。そのまま部屋に閉じこもって……。おまえの嫁は、一体公香に何を言ったんだ? もともと精神的にも肉体的にも傷付いているところに、どんな仕打ちをしたんだ。妻だという上からの立場で、公香を傷付けたんじゃないのかっ!」
取り乱した感情のままに俺に飛びかかって来た。
「――言いたいことはそれだけですか」
「なんだと……?」
俺を掴むその手を振り払う。
「どんな手を尽してでも必ず助けてください。あなたなら、その持っている力で何だってできるでしょう」
漆原会長が訝し気な視線を向ける。
「そうしてもらわないと困るんだ。そうでないと、妻が傷付く」
「お、おまえ……こんな時にまで、その女のことか?」
怒りに満ちた、そして、何か恐ろしいものを見ているかのような目をした。
「そうです。こんな状況の時でさえ、私はあなたの娘を一番に考えることはない。そんな男に公香さんを託そうと言うんですか? いい加減に目を覚ませ。まだ、私に何かを求めるのか」
俺よりずっと背の低い会長を、見据えるように見下ろす。
その顔が怒りに打ち震え、そして皺という皺を歪ませたかと思うと、今度は突然床に頭を擦り付けた。